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シャワーを浴びてリビングに戻れば、そこには輝彦さんが帰宅して夕飯を作っていた。
お帰り、と声をかけてから時計を確認する。
午後7時。
今日は残業せずに帰ってきたらしい。
「漸く落ち着いたから、多分次はもっと早く帰れると思う」
「別に大丈夫だよ、俺」
「最近何食った、言ってみろ」
「え、カップ麺とかおにぎりとか」
濡れた頭をタオルでわしゃわしゃと拭きながら答えれば、カウンターの奥から深いため息が聞こえた。
「残業で不在にするとそれだ。栄養失調になって倒れてもしらんぞ」
たまには自炊しろ、との言葉に俺はすぐさまできないと答えた。
ここんとこ輝彦さんはずっと残業で、帰って来ない日も週に3日程あった。
帰って来たとしても夜中で朝は早い。
その顔を見るのは、実に一週間ぶりだった。
「最近何か変わった事あったか」
ジュッ、とフライパンから油の弾く音を立たせ、輝彦さんは手元からは目を話さずに俺にそう聞いた。
ハーフパンツ一枚で、汗の変わりに裸だった上半身に髪からポタリと雫が落ちる。
顔を殴られなくて良かった、と、俺は別に何もないと必死で冷静を装った。
俺の置かれてる状況を知ったら、保護者という立場の叔父は絶対に何らかの行動を起こすだろう。
落ち着いたとは言え、重役ポストにいる輝彦さんの仕事の邪魔だけはしたくなかった。
だから黙ってようと思った。
「ボスとは仲良くやってんのか」
「ん、まぁ…」
「仕事仕事で、ろくに話しも聞いてやれなくて悪いな」
「そんなの全然いーよ。いきなり押し付けられて、迷惑なのは輝彦さんだろうし」
「迷惑だったら断ってたさ。俺も別に兄貴の言いなりってわけじゃないんだ」
出来たぞ、と輝彦さんはコンロの火を止める。
髪を拭いていた俺はタオルを首にかけると、ご飯が用意された食卓へと腰を下ろした。
「時間がなかったから簡単なもんになった」
「いーよ全然、うまそう」
鶏肉とキャベツの炒めもの。味付けはマヨネーズと醤油らしい。
香ばしい匂いにお腹がぐぅっと鳴った。
加えて冷奴に味噌汁。
最近コンビニのものばっかりだったから、夕飯らしい夕飯に俺はがっつくように胃に流し込んだ。
そんな俺を前に座って眺めながら、輝彦さんがふっと笑みをこぼす。
それから、半乾きの俺の髪をくしゃりと撫でた。
「何かあったら遠慮しないで俺に言ってこい」
「…うん」
「解決はしてやれないかも知れないが、力にはなれると思うから」
「ん、ありがと…」
優しい言葉は、今の俺には毒にしかならない。
屈するわけにはいかないマダラの暴力、それから全ての物事に対して、俺は今すぐにでも逃げ出したい衝動にかられた。
強くなろうと決めたのに、優しくされるとすぐ折れそうになる。
こんなんじゃ、一生かかっても誰かを護る事なんて出来ないような気がした。
手を止め、一点を見詰める俺に輝彦さんがため息を吐く。
「気晴らしに遊びにいくか」
「え…」
顔を上げれば、そこには困ったように笑う叔父の姿があった。
「明日は休みだろ」
「あ、そうだっけ…」
曜日も忘れる程に何かに囚われている、と感じたらしい輝彦さんは、苦笑から呆れた顔になり、また息を短く吐き出すと俺の頭をポンポンと叩いた。
「明日、俺も休みだからどっか連れてってやる」
「え、いーよ、久々の休みなんじゃないの?」
「だから遠慮すんなって言ったろ。行きたい所決めとけよ」
「んー…わかった」
「ほら、さっさと食え」
行きたい所、と言われて真っ先にボスザルを思い浮かべた自分に呆れながら、俺はまた掻き込むようにして夕飯を食べ始めた。
「何だよ、どうした」
連れて来られたその店の前で、俺は大量に汗を流しながら固まった。
明日は明日で行きたいとこに連れてってくれるらしいが、今夜は今夜で飲みに付き合えとこ洒落たバーに連れて来られた今。
その見覚えのあり過ぎる店を目に写しながら、やっぱり帰ると俺は踵を返した。
「まてまて、何だよ、いきなりどうしたんだ祐介」
そんな俺の腕をしっかりと掴むと、輝彦さんがそう言って怪訝そうに眉を寄せる。
まさかここが俺を拉致った男の根城だとは到底言えずに、折角出向いたんだからとムリヤリ中に連行された。
あ り え な い
甦るはあの光景。
所狭しとヤンキー共がひしめき合う室内を想像していたが、しかし。
ビクビクしながら輝彦さんの背に隠れ中に入ると、そこはまるで別の場所だった。
「いらっしゃ…、輝彦じゃねーか。久しぶりだな」
「2人、頼むわ」
「随分若い連れだな、人拐いでもしたか」
「まさか。甥だよ」
カウンターの奥には、輝彦さんと近い年の男がグラスを拭きながら立っていた。
その他に人影は見られない。
薄暗い照明の中に柔らかな音色が漂い、そこは気品溢れる大人の店に変貌していた。
促されるままカウンターに座り、おしぼりを手渡されて頭を下げる。
なんなんだ、どういう事だ。
ここは悪の軍団のたまり場なんじゃなかったのか。
キョロキョロと辺りを見回す俺を見て、輝彦さんはふっと息を漏らした。
「この店のマスターだ」
言われて目をカウンターの奥に向けると、男はよろしく、と笑顔をくれた。
慌てて俺も再度頭を下げる。
「碁大とはな、腐れ縁なんだ」
碁大と呼ばれた男は、そう言われて乾いた笑い声を上げた。
黒いシャツに、首には金色に光るアクセサリー。
腕には高そうなゴツイ時計と、それとは対照的なシンプルな指輪が薬指にキラリと光っている。
シルバーと黒が混じる髪はオールバックで、いかにも、な雰囲気はどうしても否めなかった。
「お前の叔父さんは恐い男だぞ。舐めた口聞いてるとバラされて埋められるからな」
「よせよ」
互いに気の許せた相手だと言うのはその空気から読み取れた。
出されたジュースをちびちび飲んでいれば、輝彦さんが不意に俺へと目を向ける。
「コイツはな、俺が土下座した唯一の相手なんだ」
「え…」
それってもしかして…。
輝彦さんがボスザルに話していた昔話を思い出す。
かつての橋北の頭、だよなきっと。
「ああ、そうだった。男を見たな、あん時は度肝を抜かれたよ。敵に躊躇なく頭を下げるなんざ、生半可な根性じゃできねぇ」
「あれでイザコザは終わりにして欲しかったんだがな」
「最近俺んとこの甥も何やらコソコソやってやがる。止めても、老いた人間の言う事なんか聞かねぇからなぁ」
「まったくだ」
…………………。
もしかしてこの人、オヤジ犬の…。
叔父さん…?
ガタン、と椅子から落ちそうになり慌てて座り直した。
「何やってんだ」
「ご、ごめん…」
営業してない昼間は甥のたまり場として提供してんのか。
なるほど。
自分の甥が親しい友人の甥を拉致ったって聞いたら、この人きっと鬼のように怒り狂うんだろうなぁ。
言ってしまおうか。
いやいや、後からオヤジ犬に報復されてもかなわない。
やめておこう。
いざと言う時の切り札として大事に暖めておくか。
談笑し始めた2人を傍らに、俺はまたキョロキョロと辺りに目を向けた。
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