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無駄①
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何も手につかないって今みたいな俺の事を言うんだろうと。
折角輝彦さんが休みの日を俺の為に空けてくれたのに、それも全くの無駄になってしまった。
予定通りドライブには連れてって貰ったけど、当然俺は上の空で、それどころかテンションも一気にガタ落ち。
それに気付かない程輝彦さんも鈍くないし、というか鋭過ぎて恐いくらい。
黙りこくって、話を振られても生返事しかしない俺に溜め息だけ吐くと、それから輝彦さんはドライブを早々に切り上げてマンションへと戻った。
食事も喉を通らない、そんな俺を見て流石に心配したのか、夕飯時には何かあったのかと声をかけられた。
言うに言えない俺はただムリに笑顔を作って、何でもないよと首を振る事しかできなかった。
溜め息しかでない。
ボスザルの事しか考えられない。
別にいいんだ、殴られるのは。
それで俺の身の安全が確保されるなら安いもんだ。
願ったり叶ったりと言える。
でも、それにより一番の傷を負うのは俺ではなく、ボスザル本人。
あの夜、俺を傷付けたりしないと言ったボスザルが、一体どんな思いで俺に手を上げようとしているのか。
不本意で、理不尽で、だけどこんな事になってしまったのは全て自分のせいだと。
悔やんでいるに違いない。
俺は、今まさにそうやって自分を責めて後悔して悩んでいるだろうボスザルを抱き締めてあげたくて仕方なかった。
俺は大丈夫だと、俺の事は気にするなと、言葉をかけたくてたまらなかった。
そんな簡単な事もしてやれないという今の状況に溜め息しか出ない。
アドレスさえ変更されてなかったら、真っ先にそうメールを打ったのにと。
枕を抱えて、俺は来るべき明日に備えてゆっくり休もうと瞼を閉じた。
眠れない事なんか百も承知。
想定内。
だけど眠るしかない。
眠るしかないんだ。
携帯の時計は既に午前二時を示している。
布団に入ったのはこれより4時間も前。
きっとこのまま朝を迎えるんだろうと思いながら、俺はまた枕を抱き直して瞼を閉じた。
眠れたのはここから更に3時間後。
そして輝彦さんに起こされたのはお昼前だった。
「祐介、友達だ」
数回のノックの後、静かにドアが開かれる。
そして輝彦さんのその言葉に俺は勢いよく起き上がった。
昨日ボスザルが言っていた言葉が寝不足の頭の中を浮遊する。
──明日誰かが迎えに来る
一体誰が来たんだろうか。
慌てて服に着替えリビングに出ると、そこには輝彦さんが通したんだろう俺の友達だという人物がソファに座っていた。
一瞬言葉を失う。
「おはよう、酷い顔だな」
苦笑するその相手に、俺の頭に一瞬だけ血が上る。
けれどそれもすぐに引いていき、変わりに鼻の奥がツンと痛みを訴えた。
無心で駆け寄り、俺は思いっきり真弓の胸倉を掴み取った。
「お、まえっ…!今まで、っ、俺がどんだけ心配したと思っ…、」
言いたい事は山ほどあるのに、声にならない。
言葉にならない。
それより先に溢れ出た涙が、想いを言葉にしようとする俺の邪魔をしてくれる。
真弓は、俺に胸倉を掴まれたまま微動だにせずに、ただ黙って俺に視線を注いでいた。
「祐介、ちょっと落ち着け」
興奮する俺に、輝彦さんの静かな声がかかる。
落ち込んでいた理由は真弓との喧嘩だと思ったのか、その表情は昨日よりも幾分明るく見えた。
「俺は外に出てるから、二人でちゃんと話せ。真生も朝方帰っていないから」
真弓の胸元から俺の手をそっと外させると、輝彦さんはそれだけ言ってリビングから姿を消した。
それでも俺は真弓から目を離せないままで、ずっと睨むように視線を注ぐ。
次に口を開いたのは、真弓だった。
「悪いが、無駄話してる暇はないんだ。行こうか」
「無駄話…?俺に、…他に何か言う事ないのかよ?」
また、頭に血が上っていくのを感じる。
でも口から出てくる声は至って冷静だった。
「別に」
「別にって…」
ここまでくると、怒りよりも悲しみの方が強くなる。
友達だと信じてたのに、裏切られた。
本当にもう真弓は、昔の真弓じゃない。
それを突きつけられて、俺の目が漸く真弓から床へと移動した。
そして俯けば、止まっていたはずの涙がまた後から後から溢れてくる。
拭っても拭いても、止まってくれなかった。
「祐介」
「信じない、俺は…、今のお前は信じない…」
「………」
「絶対信じねぇ!!」
声を張り上げ、俺は立ち上がる真弓を無視して玄関へと向かった。
行くならさっさと行こう。
俺だってお前と無駄話してる暇なんかないんだ。
今から、とてつもない痛みを受けなきゃいけないんだ。
それは体の痛みなんかじゃない。
あの人の、心の痛みだ。
後ろから歩いてくる真弓の気配を感じながら靴を履き終えると、俺は振り向きもしないまま玄関から外へと出た。
そこにはタバコをくわえた輝彦さんが立っていて、もう終わったのかという視線を向けられる。
「ちょっと出かけてくる」
「時間は気にするな。気の済むまで遊んでこい」
わしゃわしゃと髪を乱されて、胸がチクリと痛む。
きっと輝彦さんは、仲直りした真弓と仲良く遊びに行くんだと勘違いしてるに違いなくて。
本当はその逆なのに…。
それでも俺は叔父に心配をかけたくなくて、これ以上ない程の偽りの笑顔を向ける。
そして後から出てきた真弓を隣に従えて、俺はマンションを後にした。
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