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⑤
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下半身の沈下をまたおどおどとしながら伝えると、ボスザルは以外に早かったな、なんて言いながら携帯を取り出した。
多分相手はハルさんだろう。
済んだ、とだけ短く伝えると、ボスザルはまた携帯をポケットへとしまい込んだ。
いやいやいやいやいや。
待とうよ。
何だその激しく誤解を招くような表現は。
まるで事も無げに短時間で破廉恥極まりない行為をお天道様の真下で行っていたかのようではないか。
やめて下さいほんと。
色眼鏡で見られるの俺なんで。
一人青ざめていれば、遠くの方で鈍い鉄の音がした。
皆が戻ってきたんだろうと反射的にそちらに目を向けた俺は──
「今度は何だよ」
固まる俺に、ボスザルがまた怪訝そうに視線を寄越す。
でも俺は、目に写ったその人物にあり得ないくらい動揺していて。
無意識に、ぎゅうっとボスザルの腕を掴んでいた。
「ん」
俺が何かに対して怯えていると察したんだろう。
俺の視線を辿るようにボスザルの首がゆっくりと捻られる。
背後からどんどん近付いてくるその男に、ボスザルの身が僅かに強張ったのを感じ取れた。
「どうもー、久しぶりーむっちゃん」
あっけらかんと、まるで親しい友人と久々に再会を果たしたかのように、マダラはにっと笑みを俺に向けた。
何でだ、何でアイツ、まだここに……。
「久住」
俺をさっと背後に追いやると、ボスザルは低い声でマダラの名前を口にした。
「なんや、名前覚えてくれたんや?」
「お前…」
その言葉のイントネーションに、ボスザルの気配がまた一段と黒くなるのを感じる。
そして俺は違和感を覚えた。
あれ、マダラって…?
「まあそんなカッカせんと。今日はむっちゃんちごて、アンタに用があってきたんや」
紛れもない関西弁。
記憶をどう辿っても、俺の頭の中にあるマダラはそんな言葉遣いではなかった。
なんだ…?
「喧嘩の相手なら、他当たれ」
「ちゃうちゃう、そんな物騒な用やないねん」
ヘラヘラと笑顔を向けてくる相手に、俺は一層怯えるようにボスザルの背中へと身を隠した。
なんだろう、凄く嫌な感じがする。
それに、ここまでボスザルが警戒してるとこなんて、初めて見たかもしれない。
ならず者の相手なんて、イヤと言うほど、腐る程してきた人のはずなのに、なんでマダラ相手にここまで…。
いつものあの、堂々とした、常に相手より上にいるかのような、そんな余裕が感じられない。
そう感じる程に、ボスザルの殺気は凄まじいものだった。
「新しいチーム、ゼロゆうねんな。そのネーミング、もしかしてゼロからやり直そうとかそうゆー意味なん?」
「………」
数メートルの距離を取って、マダラがボスザルに言葉を発する。
だけどボスザルは急に言葉を引っ込めて、黙ってしまった。
それを肯定の意味だと捉えたんだろうマダラが、おかしそうに口の端を吊り上げた。
「イチからやり直す、なあ…。せやけどアンタ、同じ事してもうてるな。学習能力ゼロって意味のゼロの方がえぇんちゃうか」
言いながら、何故か俺の方にマダラが視線を向けた。
同じ、事……?って。
無意識にボスザルを背後から見上げる。
何を話しているのか俺には全く理解できない。
だけどボスザルは、……ボスザルは…。
「そういう話なら後で聞く」
「ふっ、何で?むっちゃんがおったら都合悪いん?」
「別に。ただ、知らなくていい事まで俺はコイツに教えようとは思ってねぇ」
「知らんでええ事?へえ、もうそんな扱いなんや」
「わかったら消えろ」
黙ってやり取りを聞いていた俺の背中に、嫌な汗が滑り落ちていく。
確かに俺は、この人の事まだまだ全然知らないし、壮絶だったんだろう過去だって、教えてもらっていない。
だけどそれは、きっとこれからゆっくり、知っていけるものだと思い込んでいた。
何を根拠にそう思っていたのかは分からない。
だけど、聞けば教えてくれるもんだと思い込んでいた。
嫌な過去があっても、俺にはきちんと話してくれるんじゃないかって、全部、包み隠さず、晒してくれるんじゃないかって。
バカだと思った。
なんてめでたい人間なんだろう俺は。
誰にだって知られたくない過去はあって、それは別に当然でもあるのに。
なのに、ボスザルの全部を知る事は不可能なんだってわかってしまった今、俺の思考は完全に地に落ちようとしていた。
「まあええわ。せやけど、これだけはゆうとくわ」
ボスザルから視線を外し、マダラは再び俺に目を向ける。
「まあすぐにどうこうはならんやろうけど、時間の問題やろな」
「………」
ドクドクと心臓が脈打っていく。
何を言っているのかもちろん理解は出来ていない。
だけど、マダラのその冷たい眼に貫かれたように、俺の心臓は痛いほどに悲鳴を上げていた。
「今日きたんはこれ伝える為や」
「お前、どっちなんだよ」
「さあ、どっちやろ。まあ、振り子みたいなもんや思といてくれてえぇわ」
状況によって白にも黒にも変わる、と、それだけ残してマダラは消えた。
ああだからその髪の色なんだ。
納得。
じゃなくて。
マダラが消えてからも、ボスザルは微動だにしない。
迂闊に声もかけられない。
そんな風に思ってしまう程、ボスザルからはまだ殺気だった気配が漂っていた。
だけど、このまま黙ってるわけにもいかなくて。
「あの……」
小さな声で呟くと、漸くボスザルがこっちを向いてくれた。
「ああ、悪い」
「さっきの、えっと…、知り合い?だったんですか…」
「いや」
「じゃあ…」
何で?
何でボスザルの過去を知ってるような素振りを見せたのだろう。
何でボスザルは、知られてて当然、みたいな振る舞いだった?
「祐介」
「はい…」
「何も心配すんな。お前は何も考えなくていい」
「でも…」
「頼むから…」
「先輩…?」
最後に呟かれた言葉は聞き取れなかった。
だけど、痛いほどに俺を抱き締めるボスザルから、俺は言いようのない何かを感じて。
ハルさん達が戻ってくるまで、ボスザルはずっと俺を離さないままでいた。
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