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②
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2回目となったボスザルの部屋。
そこは前来た時と何も変わらないままだった。
病院に行って取り換えたのか、ボスザルの体を巻く包帯からは血の跡は見られない。
それにホッと息を吐くと、ソファに座るボスザルに手招きをされた。
その表情は勿論険しく歪められている。
玄関で立ちっぱだった俺はびくびくしながらも靴を脱ぎ、その近くまでゆっくり足を進めた。
「俺は3分でと言ったはずだよな」
タバコに火をつけながら、低い低い声でボスザルにそう窘められ、びびり過ぎた俺の目は既にもう涙で潤んで視界が歪んでいた。
「ご、ごめんなさい…」
床に視線を落としながら、震える喉でなんとか謝罪を口にする。
「座れ」
言われた通り、正座した。
「けどまあ、帰らずにずっと待ってた事は褒めてやる」
ああ、やっぱり試されてたんだ。
帰らなくて良かった本当に良かった。
心の中でまた別の涙を流した。
「おい」
「は、はい」
「今日俺なんつった」
「…え」
と、顔を上げた瞬間、片手で両頬を挟むようにして掴まれた。
自然とタコのような口になりながら、言われた事を思い出そうと頭をフル回転させる。
「目、見ろっつってんだ」
「…ご、ごめんなさっ、」
掴まれた頬が痛い。
そして、俺を見るその眼が怖い。
ここはボスザルの部屋なのに、何でボスザルはいないんだ。
あの日ここで手当てをしてくれたボスザルは、どこに行ったんだよ。
お前は誰だ。
何でここにいる。
ボスザルだけどボスザルじゃない。
でも、これはボスザルなんだ。
泣いたら余計に苛立たせると思ったから、俺は死に物狂いでそれを堪えた。
別に怖くて泣きそうなんじゃない。
ボスザルだけどボスザルじゃないから泣きたくなるんだ。
頬を離され、下に行きかけた目線を慌てて上に持ち上げる。
そしたら、昼抜きにさせられた俺の腹がぐうっと音を上げた。
「…すみません」
「なあ」
「…はい」
「謝りすぎ。うぜぇから次謝ったら殴る」
「ご、…っ!!!は、はい」
そ、それは今だけの話なんでしょうか今後も含めた話なんでしょうかどっちなんでしょうか教えて下さいお願いします(号泣)
「おい」
「…はい」
さっきからおいとかなあとか、一体俺を何の用で呼びつけたんだ。
思いながらもその目をじっと見詰めていれば、またも手招きをされる。
正座をしながら1センチ程前に進んだ。
「隣に来いっつってんだ」
「はいただいま」
低く唸られて、躊躇なくその隣へと移動する。
もちろん正座は崩さない。
会話はしてないんだから今は目を見なくても大丈夫だよな、と、俺の視線は近くなったその距離に耐えられなくなって下に落ちた。
しばらく俺を舐めるように見た後、ボスザルがぼそりと声を漏らす。
「お前、犬みてぇだな」
「………」
やっぱり俺は、この人の目にはそんな風に映るらしい。
何も返事が出来なかった。
「犬だな」
「………」
頭をくしゃくしゃと撫でられて、心臓がドキドキと軋むように痛くなる。
たまらずにぎゅっと目を瞑り、何故だか頬が熱くなるのを感じた。
久々だったから、だと思いたい。
決してそういう訳のわからないプレイ的な事を感じて興奮したわけではない断じて違う。
別にもう犬でもなんでも良かった。
ここにいるのはボスザルであってボスザルじゃないんだから。
「やべぇな、お前がもう犬にしか見えなくなった」
「………」
「犬の擬人化か」
ふっと、煙を吐き出しながら笑うボスザルを感じて自然と視線が上に向かう。
そして目に映ったボスザルが、俺のよく知っているボスザルと同じような目をしていた事にたまらない衝撃を心に受けた。
俺は知ってる。
今のボスザルを知ってる。
慈しむようなその眼差しを、俺は何度も受けてきた。
「俺の目、見ろ」
近い距離が、更に近くなる。
鼻先がくっつきそうな程にボスザルの顔が迫り、それでも俺は言われた通りじっとその目を見詰めた。
「怯えんな。俺はもうお前を傷つけたりしねぇよ」
「………」
そのセリフは聞いた事があった。
いつだったか思い出せないけどでも、確かに聞いた事がある。
俺の知ってるボスザルが言っていた言葉を、俺の知らないボスザルが今また吐き出している。
ボスザルだけどボスザルじゃない。
でもやっぱり、ボスザルはボスザルだった。
「俺も、動物だけは殴ったりできねぇからな」
安心しろ、と、いつの間にか涙を流していた俺の頬に大きな手が触れる。
何だろう、この不思議な感じは。
今目の前にいるのは俺の知っているボスザルじゃない。
でも俺の知っているボスザルも同じような目で俺を見て、同じような台詞を吐いていた。
でも俺の知っているボスザルは、俺を犬扱いした事はないと言っていた記憶もある。
その証拠に、破廉恥極まりない行為を色々この身にやらかしてくれていた。
しかし、今目の前にいる男はボスザルだけどボスザルじゃないから、多分きっと、本気で俺を犬扱いしているんだろうと思う。
とても、複雑な気持ちになった。
「腹減ってんのか。何か作ってやるよ」
ああ、多分出てくるのはきっとオムライスだ。
ぽんぽんと俺の頭を軽く叩いた後、ボスザルはキッチンへと足を向けた。
そして万全じゃないその身体で、俺に餌をあげようと動き始める。
喜んでいいのか分からない。
どう捉えたらいいのかも分からない。
ただ、どうやら酷く扱われる事からは逃れる事が出来そうだと、俺はその広い背中を涙越しに見詰めた。
そして、迷いに迷った挙句、その隣へとそっと移動する。
「なんだ」
「あ、の、手伝います…」
「犬のくせに料理できんのか」
「………」
「いいから座ってろ」
「ダメです。怪我してるのに、じ、自分で作ります…」
逆らって、怒られるかな、とかなり不安だったけど、でも流石に怪我人に料理をさせるわけにはいかないというか俺の為にそんなムリをさせたくはない。
「あ、あの、寝てて下さい。傷、開くとイヤだし…」
言いながら、遠慮がちにボスザルが手にしていたボウルと卵を横から奪い取る。
やっぱりオムライスだった、と、俺の目元がまたじわりと熱くなった。
「お前、飼い主いんのか」
「………」
どう答えていいのか分からない質問を投げられて、卵を割ろうとしていた手が止まる。
飼い主。
いるとすれば、それは貴方ですよね…。
「いねーなら、俺がお前を飼う」
「………」
もう、何も言い返す気力はない。
というか、最初からそんなもの皆無なんだけども。
「…お願いします」
呟いて、俺は卵をボウルに割った。
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