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9月といってもまだまだ日差しは真夏並みに暑い。
泣くと言う行為でフルにエネルギーを使い果たした俺の身体は汗でべたべただった。
玄関を開けたらひんやりとした空気が俺を包んで、その心地よさに頭の痛みが一瞬だけ和らいだ気がした。
「…何お前、スゲー顔」
くたくたになった身体を引きずりながらリビングに移動すれば、そこには何故か大魔王がソファにふんぞり返っている。
輝彦さんは仕事でいないのに、どうやって入ったんだと思いながらキッチンへと向かった。
そんなに酷い顔をしているのか、大魔王の視線はまだ俺の顔に張り付いたまま。
かまわずに、冷蔵庫からお茶を取り出して喉へと流し込んだ。
「お前、結構ボロボロなんじゃねーの」
「…何がですか」
「輝彦にチラっと聞いたけど」
「………」
今は大魔王の相手をする気力が全くなかった俺は、何も言わず自分の部屋と足を向けた。
そんな俺にまだじっと視線を注いだまま、ムリヤリ引き止められるかなと思っていたけどそれもなく、大魔王は黙って俺を部屋まで行かせてくれた。
ドアを閉めて、その場にずるずると座り込む。
ボロボロ。
確かにそうなのかも知れない。
さっきの今で、俺の精神はかなりのダメージを受けている事は確かだった。
デコピンに言われた事が、今更ながらに俺の頭の中をぐるぐる巡り始める。
これから、イヤという程今日みたいな事を目の当たりにする。
考えるだけで、死にそうだった。
どうする事が一番いいのか、よくわからない。
俺とボスザルの関係を教えたら、もしかしたら思い出すきっかけになってくれるのか。
俺がいると落ち着くと言っていたのは嘘ではないだろうし、変な気持ちになるとも言っていた。
その理由がはっきりした時、ボスザルはその事実をちゃんと受け入れてくれるのか。
多分、恐らく、いや絶対、それはないような気がした。
膝を抱えて座り込み、頭を垂れる。
とりあえずシャワーでも浴びようとゆっくり立ち上がれば、背中にあったドアが音もなく開かれた。
「祐介」
「…はい」
相手をする気力がないのに、大魔王は無遠慮に部屋の中まで入ってくる。
そのまま俺に座れと指示した後、大魔王も目の前に腰を下ろした。
「なんつーか、吐き出せ」
「…何をですか」
「そういうのって、ずっと溜めとくとヤバイんだぞ」
「俺は…、」
「そんな泣き腫らした顔で帰って来て、何かあったんだろ?」
「………」
「アイツに苛められたのか」
緩く首を振る。
手元に落ちた視線は、何かを迷うように小さく揺れて、定まらなかった。
吐き出せば、楽になれるのか。
一人じゃなくて、誰かの前で泣けば、まだ救われるのか。
答えは出なかったけど、正直もうドス黒い何かでパンパンに膨れ上がっていた俺の心は、少しでもそれを減らそうと、俺の口を開かせた。
小さな声で、ポツリポツリと、言葉を紡ぐ。
時折泣きそうになっては唇を噛み締め、いちいち一呼吸置きながらゆっくり言葉を吐き出して、それでも大魔王は何も言わず、黙って耳を傾けてくれた。
そして全て話した後、大魔王に問いかける。
一番、誰かの答えが聞きたいと思っていた事だった。
「真生さんだったら、どうしますか…」
俺のその質問に、大魔王は少し考えた後、スッパリ言い切った。
「もっかい俺に惚れさせる」
「………」
「てか目の前で誰かとイチャコラ始めたら、悪いけど俺相手ぶっとばすぞ」
「…ですよね」
それが出来るなら、俺だってここまで堕ちないんですけどね。
「てかさ、今のアイツはお前と出会う前の状態なんだろ?」
「…はい」
「だったら、お前の知ってるアイツを今のアイツに求めるのは無謀っつーか、おかしな話なわけじゃん」
「………」
「お前を好きだったアイツは、お前と出会うまでに色んなプロセスがあって、それを経てお前と出会ったからアイツの心にお前がストンと落ちたわけだろ?」
「………」
「それをすっ飛ばしたら、多分お前を好きにもならなかったと思うよ。14歳から今までの3年間で、アイツの心の中にも変化があって、だからこそお前を好きになって、なんだからさ」
言っている事は、理解出来た。
理解できるけどでも、苦しい。
「今のアイツにお前との関係を暴露したって、何も変わんねーよ多分。そうなる為の何かが欠如してる状態なんだから」
「…じゃあ、俺、どうしたら、」
「耐えるしかねーじゃん」
「………」
「ムリなら思い出すまで離れるしかねぇだろ」
それは、イヤだ。
「まあ、勢いでもっかい惚れさすとかさっき言ったけど、俺でも結構キツイかもしんねぇ」
だからお前だったら尚更だろって、大魔王は俺の頭を優しく撫でてくれた。
その不意打ちは、再び俺の涙腺を破壊するのには十分で。
気付いたら声を上げて泣いて、そんな俺を、よしよしと、大魔王は強く抱きしめてくれた。
「今日輝彦残業で遅くなるっつーから、鍵預かってたんだ」
言いながら大魔王は、キッチンに立って忙しなく包丁を動かしている。
この人がまともに料理をしてるとこなんて初めて見るな、と、シャワーを浴びた俺はまったりソファに座ってその様子を眺めていた。
「俺の手料理食えるんだから有難く思え」
そして残したらコロス、と呟く姿を見て、それでも俺は今までのようにびびる事はなく、大魔王にじっと視線を注いだ。
なんていうか、意外だったんだ。
あんな風に俺の話を聞いてくれて、その上泣き出した俺にイヤな顔せずずっと慰めてくれて、本当に救われた気持ちになったから。
誰かに胸の内を吐露する事が、こんなにも心を軽くしてくれるとは思ってもいなかった。
わかるよ、って理解を示してもらえる事で、自分の持ってる荷物が半減するような気がした。
ずっと不思議だった。
大魔王のどこがよくて付き合ってるんだろうって。
でも、輝彦さんが惚れる要素はきっと十分持ち合わせている。
そう思えた。
「真生さん」
「んー」
「あの、ありがとうございます」
「…なに、キモイ」
手を止めた大魔王に怪訝そうに目を向けられて、それでも俺はもう一度ありがとうを伝えた。
「おい、やめろ。鳥肌立つ」
照れている事は目に見えてわかった。
少しだけ赤くなったその顔に、叔父が惚れるのも自然な事だったんだろうと、俺の口元が少しだけ緩んだ。
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