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④
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アパートに着いてすぐ、キッチンの片付けに入った。
俺が飛び出した時と全く同じ状態で放置されているその場所を見て、またズキズキと、心が痛み始める。
あのまま、きっと二人はここで破廉恥極まりない行為をしていたに違いない。
俺にした事と同じような事を、加藤にもしたんだ。
ぐっと歯を食いしばって、涙を堪える。
今のボスザルには、俺のこの痛みは理解できない。
できるはずもない。
だからもう、諦めるしかない。
この人はこの先、何度もこうして俺の痛みを知らないまま他の誰かと同じような事をするんだろうから。
傍にいたかったら、自分が受けた傷にも目を背けないといけない。
小さく息を吐き出して、俺は止まっていた手を再び動かし始めた。
ボスザルはというと、さっき拾ってきた子犬を洗いに浴室へ行ったまま帰ってこない。
時折カシャン、という音が聞こえるだけで、後は静かだった。
「はぁ…」
気を抜けば、頭の中は加藤の事でいっぱいになる。
それを何度も振り払って考えないようにって思っても、ダメだった。
自分を恋人だと言っていたけど、ボスザルはそれを受け入れたんだろうか。
ずっと気になっていたのはそこで、正直さっきから聞こうかどうか迷ったままでいる。
もし付き合う事になってたら、多分また物凄いダメージを受ける事になるのは目に見えていて、でも今ここで聞かなくても、そうなっていたら後からイヤでも耳に入ってくると思った。
そうこうしているうち、ボスザルがリビングに戻ってくる。
キレイになった子犬はやっぱりぷるぷると震えていて、そして可愛かった。
それを愛おしそうにタオルにくるんで抱えながら、ボスザルがソファに腰を下ろす。
その目は、やっぱり俺を見る時と同じような目をしていた。
記憶を失う前のボスザルも、俺に犬を重ねて見ていたんだと思い知らされる。
思い知らされたけど、そういう理由がなければ俺なんかを好きにならなかったわけだから、もう犬でもなんでもいいと思った。
愛してもらえるなら、何でもいい。
「片付け終わったか」
「あ、はい」
「ならもう帰っていい」
「え…」
「何だ、居たいなら別に構わねぇが」
呼びつけた理由は、本当にキッチンを片付けさせたかっただけなのか。
というか、俺を呼びつける理由はいつもこれといって特にないように思える。
理由もないのに呼びつける理由。
あるとすれば、寂しさからか。
もしそうだとすれば、本物の犬が傍にいる今、俺は不要という事になる。
だからもう帰っていいと…。
「あの、じゃあ、帰ります…」
言いながら玄関に向かう俺には目もくれず、ボスザルはずっと子犬から目を離さない。
やっぱり本物の犬には負けるよなあ、なんて思いながら、俺は玄関の扉を開けた。
マンションに着く頃、加藤との事を聞きそびれたと俺の肩が落ちた。
もし付き合う事になってたら、明日の屋上には絶対加藤の姿があるんだろう。
そう思ったら、もう屋上にも行きたくなくなってしまった。
溜め息を吐きながらマンションを見上げる。
もう破廉恥極まりない行為は終わっただろうか。
そのまま二人ともくたばって寝てくれてたらいいけど、もし起きてたら抜け出した事がバレて説教を食らう羽目になる。
考えるだけでうんざり感満載になった俺は、朝方までどっかで過ごそうかとその場に腰を下ろした。
どっかでと言っても、適当な場所がまったくもって浮かばない。
時刻は午前2時前。
危険な場所には行きたくないし、かといって部屋に戻る勇気もない。
明け方こっそり帰って、もし輝彦さんが起きてたら早起きしてコンビニ行ってたとか何とでも言い訳できる。
さてどうしようか。
お金も持って来てないしな…。
そしてまた溜め息一つ。
吐き出した瞬間、月の光を遮るようにして俺の前に影が落ちてきた。
「こんなとこで何してんの?祐介くん」
顔を持ち上げようとすればそんな事を言われて、俺の動きが停止する。
やっぱりさっさと部屋に戻ってれば良かった。
なんて思っても、後の祭りで。
「ちょっと付き合ってよ」
腕を掴まれて、俺は立ち上がる事しか出来なかった。
何で俺はいつもこうなんだ。
毎回毎回、本当に自分がイヤになる。
周知されるまで気は抜けないって、あの時ボスザルは言ってたじゃないか。
俺はもうキーマンでも何でもないし、俺を使ってボスザルにダメージを与える事なんてそれこそ今となってはもう不可能なのに。
見た事のないその顔は、いつの間にか3つに増えていた。
見るからに凡人ではない事がわかる。
もう逃げられない。
また、サタンにされたような事をされるのか。
そう思ったら、イヤでも足が震えて、身体が震えて、止まらなかった。
あの時はボスザルがいたから何とかなった。
危ない薬だと思っていたモノがただのビタミン剤だったのも、どうやったのかはわからないけどボスザルの仕業だと思っている。
俺は護られていた。
いつも、ずっと。
だけど今はもう、俺を必死で守ってくれようとする存在はどこにもない。
何処にも。
捕まったら最後、そこから脱出する事は不可能。
だから今この瞬間が、俺の最期になるかも知れない。
そして俺は、抗う事も許されないまま目隠しをされて車の中に押し込まれた。
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