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金色の瞳のチェシャ猫のお話3
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「…」
「…!!?」
「うーん…」
「おいっ!」
朝、目覚めると布団に妙な暖かみを感じた。ハッと、我に返って見てみると開けた袷の中に、男が一人寝ていた。一瞬で、どういう事かを理解して、声を出す。
「寒いよー…」
まだ、朝日は完全に明けきらない時間だ。もぞもぞと、布団の中の男は身を寄せてきた。
「…ったく…」
はあ、とため息をついて布団から出る。
「もう起きるの?」
「…ああ、お前いつ来たんだ?」
「昨日の一時くらい」
という事は、四時間くらいは一緒に寝たのか。思わず、顔を赤らめる。
「乳首触ったりチューしたのに、気づかないんだもん…」
「なっ!?」
勢いよく自らの身体を見るとそこに点々を赤い痕がついていた。
…なぜ、気づかなかったんだ。自分。と、修行不足を恥じた。
「…あーもう…」
頭を抱える。布団から、ひょっこり顔を出す。
「えへへ…」
幸せそうに微笑んでいる。
そんな表情を見ていたら、何も言い返せなかった。
「…」
ただ、この赤い点々は明らかにキスマークなので、しばらくは誰にも裸を見られてはいけないし、滝行はできないなと思った。
「まだ、寝てて良い?」
「ゆっくりしていろ」
「うん…お経読む時には起きるから」
作務衣に着替えて、部屋を出て行く。
ここは、瑞花寺という寺で、都心からは離れた所にある。観光地としては、昨今だいぶ流行りだしてきてはいるものの、駅らかも離れているため、人通りは少ない。
「おはようございます」
一番年下の小僧、六花(ろっか)は、まだ顔が半分眠そうだが、明るく挨拶をした。
「おはよう」
六花は、作務衣姿で雨戸を明けていた。朝の清々しい空気が、寺の中へ入る。まだ、ほんのり夜露を含んでいるものの、質量は軽く肺腑の奥に吸い込んでも、残らない。この寺には、常時三人の僧侶がいて、住職の元で手伝いをしている。もちろん、彼等は、修行僧なので学校があると、山を下りて大学へ行く。
六花の他には、朝餉の支度をしている明雪(めいせつ)とそれを手伝っている花風(かふう)がいる。
「あ!天花住職!おはようございます!」
台所に顔をだした住職の姿に、びしっと身なりを正して頭を下げた。
「おはよう、明雪と花風」
「おはようございますっ!」
同じく2人は、少しだけ緊張した様子で普段は現れない天花の姿をみて驚いていた。
「朝餉のことなんだけどさ…」
「はい」
言いづらそうな、住職は2人に言おうとしたが、既に何かを悟っていた。
「…あの5人分は、今から間に合うかな?」
住職の言いづらそうなお願いを言う時は、決まってとある人物が、部屋にいるという事を2人は知っていた。
「はい。もちろんでございますっ!」
歯切れよく返事をする。
「そ、そう…ありがとう…」
住職は、少しだけ顔を染めながら、「じゃあ、よろしく御願いします」といって、その場を後にした。その背中は小さかった。住職が去った後、花風と明雪は、顔を会わせて、無言で頷き、心で納得した。
今朝、僧侶達が起きると、玄関は汚れていた。泥と枯れ葉が、散乱していて、それが風呂場へと続いていた。更に風呂場へ行ってみると、湯が冷めた後と、水浸しになった足跡が廊下に続いていた。それは住職の部屋へと続いていた。3人は、それを何事も無かったかのように朝から掃除をしたのだ。
そんな事があると、決まって住職は『5人分食事の用意をしてほしい』と言う。だから、朝餉係の2人は、既にその量に取りかかっていた。
この寺で住職をしている天花は、台所を出て廊下を歩いていく。
そんな事があったなんて、住職は知る由もなかった。洗面所へいき、顔を洗って喉をうがいをしているが、いたって、いつも通りで違和感が無い。僧侶が用意した、柔軟剤の甘い匂いがするタオルで顔をふいて、鏡を見る。作務衣の合わせをしっかり整える。先ほどの、赤い痕が蘇り、赤顔してしまう。そんな煩悩を振り払うように、タオルを洗面台の脇において廊下へ出た。雨戸は、全て六花が明けきっているので、日の光が入っている。草履をはいて、天花は外に出る。フワリと朝の心地よい爽やかな風が頬を撫でた。本堂に至までの道には、梅や松のご神木が植わっている。そろそろ、その幹も藁をまいて補強をしなければならない季節になっていると、天花は思っていた。冬に備えなければならない。そう思いながら門を目指して歩いた。参道をまっすぐ歩いていくと、途中に竹林があり、そこには現在、真っ白な彼岸花が咲き乱れている。竹の艶やかな緑に朝日が差し込み、朝露に反射して、美しく輝く。竹の足下は、見事に雪を散らしたような彼岸花が咲き乱れ見頃を迎えている。普通、彼岸花というと赤が主流だが、ここの花は全て真っ白だ。時折、黄みの多いクリーム色が交じっているが、他が白いため、際立って見える。天花は、竹林を通り過ぎ、重厚な木製の門の錠を開ける。慣れた手つきで扉も開け、再び元の建物へと引き返す。途中で、掃き掃除をいそいそとしている六花が、ちらりと住職を見て、箒を元の位置へと戻して、建物の中に続いて入る。住職の歩幅に会わせて社務所内に入る。ちゃんと、靴を揃える。天花の歩幅は、六花には少しだけ広いので小走りだ。
「…」
玄関と廊下を目視で確認する。
汚い場所は無い!六花は心の中で頷いた。天花と六花は、本堂へ向かった。
「住職、こちらでよろしいでしょうか?」
一通りの朝餉の準備を済ませた花風と明雪は、仏飯を上げていた。
「はい、ありがとうございます」
天花は御礼をいう。
「お水の取り替えは、済んでおります」
「ありがとうございます」
明雪の報告に、天花が、御礼を言う。
「さて…」
天花は、咳払いをしてご本尊の前へと座った。そこには、三メートル程の御仏が祭られている。ご本尊は、蔵王権現。決して煌びやかでは無いが、質素ではない装飾が鎮座している。木魚は、比較的大ぶりのものだ。
「はいっ、よろしく御願い致します!」
「よろしく御願い致しますっ!」
「…」
2人の歯切れの良い返事を聞いたが、もう一人の声が聞こえない事に疑問を抱き、座ったその場から振り返る。
「…」
ああ…
と、天花は苦笑した。
ご本尊から見て、右から六花、明雪、風花の順で並んでいるのだが、風花の横にいたのは、今朝方布団に潜り込んでいた男がいた。どこから現れたのか、分からないが、すでに両手を合わせている。天花は、お経を広げて、バチをもつ。
朝の本堂に広がる清らかな空気を肺腑に吸い込み、腹の底から声を出す。ビリビリと本堂中に天花の声が響き渡る。天花から発せられた声は、瞬間的に天井に舞い上がり、一面に広がる。腸から出された伸びやかな声は、歯切れよく音が区切られている。肺腑で汲み取られた空気が、喉に送られ、鼻腔に当たって吐き出される。朝の清らかな空気は、天花の中で言霊として生まれ変わる。その声が与える言霊の力は、凄まじく空気をピリつかせ一切を寄せ付けない力となる。本堂のただ純粋に清らかだった空気が凛として不思議な緊張感に包まれる。
まるでそれは、冬の日に降り積もる雪のようだった。言葉が部屋中につもっていく。頭の先から、肩、そして畳の上に…しんしんと降り積もり雪のように、言葉が降り積もっていく。そして、誰かの心にじんわりと消えていくようだ。
朝の読経は、大体三十分くらいかかる。じっと、手を合わせてその読経を聞く。
「…」
男は、手を合わせて息を吸い込む。
ああ…帰ってきた。
と、両肩に感じていた重たいものがスッととれたような気がした。
天花の声は、心地よい。全てを飲み込んで、自分の肺腑の中で混ぜて外に吐き出す時は別の何かになっているような、そんな気がする。
読経をただ聞いているだけだと眠くなったり飽きるが、天花の読経は飽きない。その声が、堂内に響き渡る心地よさを知っているから…
「…」
読経が終わった堂内でさえ、天花の発した音がまだこだましているような気がしていた。ブワッと風が本堂へと抜けていった。
天花が、静かに立ち上がると、三人は頭を下げた。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「…?」
3人が御礼をいって、頭を上げるともう4人目の誰かはそこにいなかった。
ただ、天花だけが居場所を知っているかのように廊下を見つめていた。
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