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2022年霜月のとある日の巻❷
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天花の不安は、あまり深くは考えたくはないことで、その感情を自分の中に長く留めておきたくはなかった。普段だったら、すぐに連絡が来るのに、この時に限っては2日経っても返信が返ってこない。
その間、寝つきは悪いし、手が空くと部屋に戻ってスマホを確認しにいくしで、気もそぞろだった。弟子たちは、そんな天花のもの珍しい姿を見て噂をしていたが、古株の明雪と花風が『この寺には不思議な猫が時折現れるんだ』というの迷信を吹聴しているのを天花だけ知らない。
「…はぁ」
天花は普段つかないため息をつく。
焦れて苛々した後は、なんだか心が妙に沈んで仕方ない。
そりゃあ、こっちの都合で連絡したんだし、すぐに返信をよこせとは言わない。きっと相手も忙しのだろう。連絡したらすぐに返信が返ってくる人から、連絡がない…だから、なんだか心配になっているだけで、決して『寂しい』とか『かまってほしい』なんて思っているわけではない。
いや…待て。そうじゃない。
当初の思いとはズレていることに天花は気づく。
最近顔を見ないから、もしかしたら…いや、そんなことはない。そんな一抹の不安から連絡をしたんじゃなかっただろうか。
だったら、万が一チェシャがシ…
いや、待て待て。それはやめよう。
チェシャに限って、そんなことは絶対にない。絶対に。落ち着け。落ち着け。落ち着け。
天花は深く呼吸を吸い込んでそして、ゆっくり吐き出す。いかん、悲観して不安に飲み込まれている。
今までだって、連絡がないことだってあったじゃないか。
長らく会っていないとか、顔を見てないとか。
それまでは、気にならなかったのに今日に限っては気になっているということは意味はあるのだろうか。それが世間でいう胸騒ぎというやつじゃないだろうか。だとしたら、チェシャの身に何かあったということなのかもしれない。
そう考えたら、天花が焦れてなんだか気分が落ち込んだり、妙に苛々したりするのに説明がつく。
「…」
天花は顔を上げた。
「……」
チェシャの身に何かあったかもしれないという胸騒ぎがしている…そう、確かに。けれど…だから?
騒いだところで、天花には何もできない
死に近い彼に、いつでも自分ができることの最善を考えていたつもりでいた。けれど、それは果たして常に最善なのだろうか。
天花は、自室に戻って部屋の真ん中に座って静かに目を閉じた。
普段は、滅多なことでは乱れない感情が荒れている。これ以上大きくしてはいけない。
「おい、美雪」
目を閉じているのか、いないのかわからなくなるような真っ暗な部屋の中で猫が唸るような声がする。
「いたのか」
天花があっさりそういうと、相手から盛大な舌打ちが聞こえる。
「てめぇ、なに連絡よこしてんだよ」
「しばらくぶりだったな」
相手はかなり気が立っている。
畏怖を込めた圧力は、きっと誰もが萎縮してしまうだろう。
「あぁあ?普段、連絡よこさねぇくせに何言ってんだ」
「普段連絡してくるやつがしないから心配したんだろ」
「…」
天花の冷静な言葉に相手は黙った。
「生きてたのか」
天花がそういうと、相手はグッとまた押し黙る。
「い…きてるに、決まってるだろ」
相手の勢いがだんだんと弱くなる。
「お前は、ボクが死ぬようなヘマすると思ったのか?」
「…」
それは、ヘマという言葉で片付けて良いことなのだろうか。
彼らにとっては一瞬、1ミリの誤りが自らの命に関わるような仕事だ。針の穴に糸を通すよりも生き抜く方が難しい世界で、彼は生きている。
「…おい、黙ってんじゃねぇよ。なんとか言えよ」
「なんとか」
「舐めてんのか!」
飛びかかってくるかと思ったが、なにもなかった。
天花は、目を開けて自分の真上にある電気の糸を引っ張ろうとしたが、なかなか見つからない。
「あかりはつけるな」
「?」
気のたった猫は、まだ背中の毛を逆立てている。
「なんで?」
「…なんでも」
「…」
だからきっと、音もなく糸をどこかへさらったのだろう。
「あ!」
そんなのは、ある程度背の高い人にとっては何の抵抗にもならない。
根元に微かな金属を見つけて引っ張ってあかりをつける。
パパッと明かりがつくと、チェシャは天花の目の前に立っていた。
「…」
バツの悪そうな表情をしていた。
「…どうしてあかりつけちゃうのぉ?」
チェシャは、視線を逸らした。
何かをためらっている様子で、モジモジしている。
「おいで」
「…」
天花が声をかけるとチェシャはたまらずに顔を上げる。今にも、感情を爆発させそうな表情をしていた。
「ゆきちゃんっ」
ようやくチェシャは、天花に飛びつく。
「ゆきちゃんのバカバカ!どうして急に連絡なんてすんだよ!会いたくなっちゃっただろ!」
天花は、チェシャの細くて冷たい温もりを抱きしめる。
「あかりつけなかったら、このまま帰ろうと思ったのにっ!ボク、まだ仕事終わってないんだよ!!このまま戻らなきゃいけないんだからねっ!ここ遠いし、どれだけ苦労してボクがゆきちゃんに会いに来てるか知らないクセにっ!もうっ!ゆきちゃんのバカ!今の仕事が終わったら、ゆきちゃんに会いに来ようと思って頑張ってたんだからねっ!急にゆきちゃんから連絡よこすから、何あったのかもって、思っちゃうじゃんかっ!もうっ!」
また、勝手に下着やら何やらを持っていくつもりだったのだろうなと、天花はふと思った。
「…本当に、それだけでよかったのか?」
「!!!?」
チェシャは、天花の言葉に顔を上げた。
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