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第1章–1 犬、猫と出会う
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4月1日。
新しい部署に行く日。
自分の持ち物の中では、一番いいと思われるスーツに袖を通した。
挨拶は、しっかりしなければならない。
寡黙で表情も変わらない田口だが、一応、緊張はしているのだ。
どんなメンバーと一年間やらなればならないのか。
人と仲良くするタイプではなくても、仕事の仲間がどんな人たちなのか、気になるところである。
変にいい人ではなくていいが、意地悪をするような人でないといいなと思う。
前職では苦労した。
係長が面倒な男で、何をするにもいちいち難癖をつけてくるのだ。
あの男から解放されたことは幸せなことだが、世の中がそう甘くないことも知っている。
あの男以上の人材がいるかもしれない。
社会とはそういうものだ。
仕事の内容も然りだが、自分のペースで仕事ができる環境であるといいのだが。
そんな思いを胸に押し込めながら、田口は市役所に足を踏み入れる。
今までの職場は1階。
今日からは2階。
建て替えの話が出ているくらい古い庁舎だ。
遡ると昭和初期の建物らしい。
一度火災に合い、建て替えられてからそのままだという話だ。
当時は、この広さでも間に合っていたのかもしれないが、この複雑な現在の行政業務をこなすには手狭すぎる。
耐震の問題もあり、数年後には建て替えだ。
1階は、市民がよく利用する窓口関係の部署が入る。
2階は、市長室や議会場など、特定の人しか関わらない部署が入っている。
その2階に教育委員会はある。
教育委員会は、市役所の中にあっても組織が違う。
一般的な部署は、トップが市長だが、教育委員会のトップは教育長だ。
自分の配置される部署が何をする場所か。
予備知識を入れておかないと不安。
ここ1週間くらいは新しい部署に関する法律を読んでみたり、部署の変革なども目を通してみたりしてきたところだ。
階段を上り、部屋の前でじっと止まる。
早く来すぎだろうか。
新人が重役出勤するわけにもいかない。
しかし、一人で早く来てもどうしていいのか分からない。
自分の部署から持ってきた荷物が入っている段ボールを抱えて迷う。
と、小柄な男が階段を上ってきた。
「お、早いな。あまり早いと困るものだ。新人君は、もう少し遅く来てもらわないと」
彼は、笑顔を見せる。
誰だろうか。
同僚か。
見た目は、田口よりも若い。
「おはようございます」
田口は、軽く頭を下げる。
年下でもなんでも、初対面の人には敬語。
これは田口の鉄則だ。
いや。
余程のことがない限り、馴れ馴れしい話し方はしない。
「お堅いな。おはよう」
彼はそう言うと、片手を上げる。
田口は、目を見張った。
こんな職員が市役所にいたのだろうか。
正直、田口から見たら、だらしのない恰好だ。
信じられない。
職場に来て、これはない。
漆黒の髪は寝ぐせだらけ。
ワイシャツのボタンは外され、瑠璃紺色のネクタイは緩められている。
制服に匹敵するスーツを着崩し過ぎだ。
そんな田口の気持ちなどに気がつくわけもなく。
男は、さっさと事務室の扉を開ける。
早い時間の割に、中には職員が揃っていた。
四つの島に分かれているどこにも職員が座っている。
ここは早めスタートなのか?
田口は、きょきょろとする。
振興係はどこだ?
天井からぶら下がっている部署のプレートを見上げてから下に視線を戻すと、先程の男がそこにいた。
「おはようございます」
「おはようございます」
男は、中年の男たちに声をかけられて、にこやかに返す。
「おはようございます」
この人。
同じ部署?
田口が突っ立っていると、3人の男が一斉に自分を注視した。
そこではっとする。
自分は、ここで働くのだ。
そう自覚したからだ。
「おはようございます。本日付けで配属になりました。田口銀太です。どうぞよろしくお願いいたします」
段ボールを抱えたまま頭を下げると、男たちは苦笑した。
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