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第13章ー14 猫の過誤
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「面倒なものですね。誰かと親密になることは。嫌われるというのが怖いのですね」
煩わしことばかり。
そうだろうか?
楽しく思えることもある。
田口と過ごした時間は、悪くはない。
温かくて、安心できて、それでいて充実していて。
「面倒だと思うなら、止めてしまえ」
「え?」
澤井は、壁にもたれかかっていた体を起こし、保住の目の前にやって来る。
「面倒なのだろう?煩わしいだろう?」
「それは……正直。そうです」
「では止めればいいのだ。もうこれ以上、田口を好きになるのを止めてしまうことが一番だ」
「好きになるのを止める?」
澤井とは話をしたくないと思っていたが、こうして、悩んでいるところを掘り返されると、つい言葉に乗ってしまう。
聞かないほうがいい。
澤井の話は聞かないほうがいい。
頭のどこかで警告する声が響いているのに。
身体は素直。
苦しさや辛さから逃れたいのだ。
「そんなこと。できるものでしょうか。嫌いになれということですか?嫌われろということでしょうか?」
「違うな」
「では……」
「田口以外の人間に心を移せばいいのだ」
「っ」
そこで理解する。
澤井の言いたい事。
保住は顔を背けた。
「だからと言って、あなたとは……」
「そうだろうか」
澤井は、保住の顔を覗き込む。
「お前のことを本質から理解しているのはおれだけだ。田口への気持ちも手に取るように分かるぞ。悩んでいる理由も理解できる。こんなにお前を理解してやれるのはおれだけだと思うが」
「……」
そうなのだろう。
そう。
きっとそう。
それを認知してしまっているからこそ、保住は、黙り込む。
この人は、多分。
自分自身よりも、自分のことを理解しているのかもしれない。
「違うか?面倒ではないはずだ。お前も楽だろう?おれは、お前をよく知っている。お前が好き勝手に振舞っても理解してやれる。しかし、田口は違うだろう。お前の振る舞いに、いちいち傷付いたり、塞ぎ込んだり。田口の考えを知りたいのだろう?分からなくて、苦しむのだ。違うか」
「澤井さん……」
「止めておけ。田口は。普通の人間だ」
「普通って……ああ、おれがおかしいのか」
疲労が色濃くなると、思考も堂々巡りだ。
ぼんやりしていて、霧がかかっているみたいに。
「これ以上、田口を好きになったら後戻り出来ないぞ」
「……」
「来い。保住」
眩暈がする。
良い理由もないが、悪い理由もない。
面倒。
どうでもいい。
まただ。
逃げたい。
面倒な事からは逃げたい。
また振り出しに戻るだけだ。
田口と知り合う前の自分に戻るだけ。
一人で。
誰の支えも得ずに、実力だけでやってきたのだ。
それに戻るだけ。
怖くない。
不安はないはず。
澤井の差し出す手を、そっと握り返す。
「いい子だ」
「澤井さん」
「おれは面倒見がいい。安心しろ」
これでいいのか?
きっといい。
田口には、迷惑はかけられない。
終わりにしておこう。
ただの部下と上司に戻るのだ。
それが一番いい。
田口を傷付けることもないし、自分も然りだ。
そう言い利かせる。
いや、そうするしかない。
澤井に手を引かれて、歩き出す。
何だか妙に夜空の星が綺麗に見えた。
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