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第14章ー3 アクシデント
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神崎の楽曲は素晴らしい出来になったようだ。
印刷会社の校正担当からも「早く音にして聞きたい」と言われるくらいだ。
田口の働きもあり、なんとか締め切りギリギリで楽曲は仕上がった。
「市民合唱の団長さんと19時にアポがあります」
矢部が報告する。
「歌手には昨日郵送しました」
谷口。
「オーケストラの譜面は来週になるようです。できしだい、送付します」
田口も報告した。
「あとは、練習が予定通りでいいのかの確認ですね」
保住の言葉に渡辺が答えた。
「一応、練習予定は譜面と一緒に同封予定です」
着々と進むスケジュール。
そんな中、一本の電話が鳴った。
「はい、お電話ありがとうございます。梅沢市役所文化振興係の田口です」
すかさず田口が受話器を持ち上げる。
『あ、あの。御影交響楽団マネージャーの丹野です』
「あ、丹野さん、いつもありがとうございます!」
田口の声色とは別に、丹野の声は暗い。
「いかがされましたか?」
『あの、大変言いにくく、申し訳ない限りなのですが……』
丹野の話を一通り聞いた田口は、判断しかねる事案に、心臓が鳴り出した。
これは……。
「少々お待ちください。あの、私ではなんともお応えし兼ねますので。はい、申し訳ありません」
田口の言葉に、安堵感漂っていたデスクは緊張した雰囲気に変わる。
「あの、係長。御影交響楽団の丹野さんなんですが」
保住は、顔を上げた。
「出演をキャンセルしたいと言っています」
「は?!」
「ええ?!」
「嘘でしょ?!」
渡辺、矢部、谷口は声を合わせて絶句。
保住は黙って受話器を持ち上げて、外線を取った。
「お待たせいたしました。保住です。ああ、丹野さんお久しぶりですね。内容はお聞きしましたが、事情を知りたいものですね。ええ、どうぞ」
「ふんふん」とか、「なるほど、それはそれは」と相槌を打つ彼の様子を固唾を飲んで見守る。
「そうですか。致し方ありませんね。いえ、とんでもない。比較的、早く教えていただいたので手の打ちようはあるかと思います。お電話ありがとうございました」
保住はそう言うが、顔色は悪い。
受話器を置いて、彼はため息を吐いた。
「ダメだな。御影」
「一体どうしたと言うのですか?」
渡辺の問いに保住は答える。
「新しいコンマスの選定で、団内が分裂したらしいです。とても、新しい楽曲に取り組めるような状態ではなく、三月までに間に合わせる保証がないので辞退するとのことです」
「そんなこと、あるんですか?」
谷口は目を丸くする。
「おれもオーケストラの事情はよく分かりませんけど、色々とあるのでしょう。ギリギリで出来ないと言われるよりはマシですが、これから探すのは結構厳しいですね」
「どうしましょう」
椅子に寄りかかり、頭の後ろで手を組む。
保住の考えている時のくせだ。
しばらく一同は黙り込む。
音楽に詳しかったら、何かいいアイデアでも湧くのだろうけど。
田口は、焦っていた。
こんな非常事態に役に立たない自分が不甲斐ない。
そのうち、ふと保住が席を立つ。
「係長?」
「局長のところに行ってきます」
「何か思いついたんですか?」
「いや、少しだけ?」
彼は微笑して出て行った。
「何か思いついたんだな」
「あの顔は」
どんな方法か分からないが、こんな場面で少し考えただけで何か思いつくのだから、すごいと田口は思うばかりだ。
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