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第14章ー9 バー ラプソディ
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「お疲れさまです」その一言が打てない。
田口は、携帯をソファに投げ出して、ため息を吐いた。
「ダメだ。メールなんか出来ない……」
首を横に振ってから、ビールを飲む。
気持ちが通じなくてもいい。
そばに居られれば。
そう思っていたのに。
贅沢だ。
欲張りだ。
そばに居るだけではダメなくせに。
「保住さん……」
悶々としてしまう。
相談できる相手もいない。
眠れるわけもない。
田口は、自宅を出て走ってこようと外に出る。
23時を過ぎているが、田口の家の界隈には飲み屋が多い。
この前、ふと見つけたバーは、紫の看板ライトが光を放っていた。
『バー ラプソディ』
まだやっているのだろうか?
なんとなく人恋しくて扉を押すと、中からはピアノの音が流れてきた。
「生演奏?」
驚いて目を瞬かせると、無愛想な女が、カウンター越しに田口を見てから、プイッと顔を背けた。
「初めてはダメですか?」
オロオロして尋ねると、カウンターに座っていた男が笑う。
「大丈夫だよ、入りなよ」
店の人?
じゃないな。
客か。
彼は、ウイスキーの水割りを飲んでいる。
「桜、愛想良くしないと新しいお客様がビビるだろう」
男は、女を茶化すが、彼女は面倒だと言わんばかりの表情をしただけ。
本当に無愛想。
田口は、店内を見渡す。
大して広くない。
カウンターに5、6人座れて、後は丸テーブルがいくつかある程度。
ただ、目を見張るのは、店の奥にあるグランドピアノだ。
あれは。
「スタンウェイ?」
確か。
星音堂が所有する、高額なピアノと同じ筈だ。
「お!兄ちゃん、音楽分かるの?」
男は嬉しそうに田口を招き、隣に座らせた。
「いえ。すみません。仕事柄知っているだけで、おれ自身、音楽はよくわかりません」
スタンウェイを弾くのは若い男。
静かな雰囲気はいい感じだ。
「仕事って?」
桜が珍しく口を開く。
「えっと、役所です」
「役所でスタンウェイと出会える部署なんてあんの?」
男が続ける。
「文化課です。星野一郎記念館を担当しています」
「ああ、なるほど」
桜は笑う。
無愛想なのに、笑顔は素敵。
なんだか保住を思い出す。
彼がいない、田口の世界は色あせていく。
モノクロの世界だ。
田口は、表情を暗くした。
「ここに来る奴は、何か背負ってるもんだ。野木にでも話してみたら」
桜はそう言って、男を見る。
「ああ、おれは野木。この店の一番の古株な。いつもは大人しいけど、音楽にはちとうるさいぜ」
「田口です。音楽関係の方ですか?」
田口の問いに桜が笑う。
「野木は自分では全く演奏できないんだよな!こんなに楽器下手なセンスのない奴は初めてみたくらいだ」
酷い言い様だが、野木は笑う。
「そうなんだよ。こんなに音楽を愛しているのにさ。全くダメ。ピアノ、歌、ギター、パーカッション、なんでもトライしたんだが」
「全部センスゼロ。全て講師から印籠を渡されたんだ」
「そうなんですね」
しかし、ものすごい執念だ。
そんなに音楽が好きなのか。
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