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第14章ー13 ちらつく影
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翌日。
結局、眠れなかった。
昨日のオーケストラの件が心配になって早めに出勤する。
東京で何をしてきたのだろう。
新しいオーケストラは見つかったのだろうか。
そんなことを考えて歩いていくと、保住の車が止まっているのが見えた。
昨日は、帰る時も置いてあった。
今朝もあるということは、早く来ているのだろうか。
夜はあんな気持ちになったが、朝になるとそれは冷めるものだ。
やはり、昨日と同じ。
彼に何を話したらいいのか。
どんな顔をしていたらいいのか。
分からない。
溜息を吐きながら事務所に入る。
「おはようございます……」
しかし、保住はいなかった。
「あれ?」
車はあるのに。
まだ来ていないのか?
車は置いていったということか。
澤井だ。
また、彼。
野木の言葉が脳裏をかすめる。
『一度、関係を持ったら他人ではない』
その通りだ。
きっとそうだ。
澤井の保住を見る視線は変わった。
優しいだけの視線ではない。
熱を帯びた視線だ。
保住もしかり。
今までのように、彼を邪険にはしない。
悪態を吐くことなく、二人で相談していることも多い。
自分の気持ちを押し通したいと思っても、もし。
本当に保住が澤井を好いていたら。
ただの邪魔者扱いだし。
保住を困らせることにしかならない。
確認したい。
本気なのか。
そうではないのか。
パソコンを開いて、田口は仕事を始めた。
結局。
保住が出勤してきたのは一番最後。
まただ。
整っている服装は違和感だらけ。
「昨日は、すみませんでした。まず、報告があります」
保住はそう言った。
「昨日は、関口圭一郎先生にお会いしてきました」
「マエストロにですか。よく捕まりましたね」
「たまたま東京に滞在しているとのことでした。今回のオーケストラの一件をご説明し、理解いただきました」
「よかった。マエストロにまで降りられたら困りますよね」
「そうですね。非常事態が起きた時こその対応は肝要です」
保住の言葉は最も。
アクシデントを逆手に攻めに転じるのか。
「マエストロからは、自分が常任指揮者で所属しているゼスプリ交響楽団の出演をとりつけました」
「は?」
「え、ええ?!」
一同は目が点。
ほかの部署の人たちは何事かと視線をよこす。
渡辺は、呆れた顔をして笑った。
「御影とは格が違いすぎやしませんか」
「仕方ありませんよ。先生と共に行動しているオケなら、練習の時間も軽減出来ますし」
「そうでしょうが。交通費等は?」
「たまたま来日中です。日本ツアーの真っ最中だからこそ、マエストロも引っ張ることが出来た。その日は、団員はオフの予定だったそうです」
「無茶してくれますね。係長の案でしょう」
保住は苦笑いする。
「それしか方法がないかと思いましたが、マエストロのマネージャーはもっと早く動いてくれていました。東京に行った時には、団のマネージャーと交渉済みでした」
「係長と同じレベルの人間いるんですね」
「おれはさておき、有田さんは優秀でしたね」
「では、一応落ち着いたと言うことですね?」
「そうですね。みなさん、ご協力ありがとうございました」
保住は頭を下げた。
一同も見習って下げる。
「では業務に入りましょう」
「はーい」
にこやかに仕事を始める職員たちと共に、田口も仕事に取り掛かる。
しかし、頭の中は疑惑と焦りでいっぱいだった。
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