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第14章ー14 渡辺、リタイヤです。
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怠い。
体が重い。
元々アクティブな達ではない。
澤井と過ごした次の日は、身体の重さだけでなく心も重苦しいのか。
だんだんと積み上がっていくこの気持ち。
お茶のペットボトルだけを手に、昼休みはぶらりと一階に降りる。
食べ物を口にする元気もないようだ。
何か食べると痛みが襲うのだ。
事務所にもいられない。
田口に合わせる顔もないからだ。
こんな晴れない気持ちになったことはない。
自分の気持ちを持て余していた。
「保住?」
中庭に降りると、吉岡に出くわした。
こんな時に。
吉岡は、父親の腹心で澤井とは犬猿の仲だ。
保住が澤井と懇意にしているのを面白くない、と見ている人間の一人なのだ。
「どうしたの?顔色が優れないな。忙しいとは聞いているが」
「お疲れ様です。大丈夫です」
「保住。ちょうどよかった。話をしたかったところだ」
自分には用事はないのだが。
強引な吉岡は、保住の腕を捕まえると脇のベンチに座らせた。
「ここで、よく君のお父さんと話をしたものだ」
「あの……」
澤井と近しいのを良しとしない人だ。
話とは、澤井の件ではないだろうか?
そんな気がしてならない。
後ろめたい気持ちがそうさせるのか。
何とか断わろうと思案していると、男が二人の元にやってきた。
「係長!」
自分を呼ぶ声にハッとして顔を上げた。
田口。
「こんな所にいたのですね。吉岡部長、お疲れ様です」
田口は、礼儀正しく吉岡に頭を下げた。
「えっと、」
「保住係長の所にいます、田口です」
「田口くんね。初めまして」
「部長、すみません。お取り込み中のようですが、補佐が体調が悪いと言っていまして。係長をお借りしてもよろしいでしょうか?」
そう言えば、今朝から渡辺が口数少なかったことを思い出す。
保住は吉岡を見た。
彼は肩を竦めるた。
「なんだ、せっかく捕まえたのに。職員が体調悪いなら仕方ない」
吉岡はそう言うと、保住を見る。
そして、田口を見て微笑む。、
「大変いい職員だね」
「ありがとうございます」
田口は礼儀正しく頭を下げた。
「吉岡部長、失礼致します」
保住も頭を下げてから田口に続く。
吉岡との話も気まずいが、田口との時間も気まずいのだ。
二人は前後ろで黙々と歩くが、渡辺のことも気になる。
「渡辺さん、大丈夫なのか?」
田口は、振り向くことなく返答する。
「風邪でしょうか?熱があるようです。季節の変わり目ですからね。みんな風邪気味です」
「そうか」
それだけ言うと、保住は黙り込んで田口の後ろを歩いた。
事務所に着くと、渡辺は赤い顔をしていた。
「係長、申し訳ありません。お昼休みだったのに……」
彼は申し訳なさそうに言うと、田口を見る。
「田口、悪いな。係長呼んできてくれて、ありがとう」
「いえ」
渡辺の緊急事態を知らせるために、田口はあちこち歩き回ったのだろう。
「すまなかった。昼休みだからと言って、ふらふらして」
保住はそういうと、渡辺を見る。
「渡辺さん、早退してください。病院、大丈夫ですか?」
「しかし。今日は、午後から関係機関への挨拶回りがあるんです。田口一人にやらせるわけには……」
「おれで良ければ、一人でも大丈夫です」
田口は頷く。
年度末のオペラ上演に向けて、関係機関への挨拶や、打ち合わせが立て込んでいる日だ。
保住は、渡辺の肩に触れ声色を和らげた。
「おれが田口のフォローをします。渡辺さんは帰りましょう。こじらせると悪い。むしろ、きちんと元気になって早く出てきてください」
保住の言葉に、渡辺は本当に申し訳なさそうにしている。
「すみません、代われなくて」
谷口と矢部は顔を見合わせた。
「おれら、県に呼ばれていて」
「致し方ない。今日は、誰もが余裕のないスケジュールです」
保住は側のホワイトボードを見る。
「ともかく、帰りましょうか。送りますか」
「そこまでは。帰りに病院、寄って帰ります。すみませんでした」
渡辺は頭を下げると、荷物をまとめて事務所を出て行った。
本当に具合が悪いのだろう。
みんなは彼を見送った。
「さて。ゆっくりはしていられないな」
田口は黙ってことの成り行きを見ていたが、ふと保住と視線が合う。
疎遠になってからも、視線は合うのだが。
感情がこもっていない。
冷たい視線だ。
これにぶち当たってしまうと、なんとかしたいと言う気持ちが萎える。
「渡辺さんと回る予定になっていたな」
「はい、一緒に回る予定でした」
「予定表を見せろ」
「はい」
田口は、午後のために準備していた書類の山からスケジュールを渡す。
宿泊施設。
音響会社。
楽器店。
印刷会社。
昼食なんて食べている場合ではない。
スーツを羽織って立ち上がる。
「田口、行くぞ。運転しろ」
「はい」
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