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第14章ー21 残業
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翌日。
渡辺は薬を飲んだら回復したと顔を出したが、本調子ではない。
彼の仕事まで引き受けて業務が嵩む。
久しぶりに仕事に熱中していた。
お腹が空いたような気がして、はっと顔を上げると、周囲は薄暗い。
目の前には何枚もメモが上がっていた。
「お先に失礼します 渡辺」
「すみません、帰ります 谷口」
「明日は頑張ります! 矢部」
みんな帰ったのかと視線を上げると、田口だけがそこにいた。
彼はパソコンと睨めっこをして、思い悩んでいるようだ。
そうか。
また、このパターン。
神崎とのごたごたから、二人で残業をするなんてことはなかった。
以前に戻ったということか。
一度、集中力が途切れると、仕事に戻るのが面倒になる。
昨晩の澤井との会話を思い出す。
副市長になったら、手伝わせるとか言っていたが。
一体、何の話なのだろうか。
澤井の気持ちは、結局よく分からない。
自分たちのためなのか。
自分のためなのか。
悪い人ではないことは理解している。
澤井が自分のことを隅から隅まで理解していると言うが、多分。
この市役所の中で、澤井の心の内を理解しているのは保住しかいないのではないかも知れない。
だが、それも一部。
澤井の心は深くて、計り知れないものがある。
言葉の意味と、腹の中の意味は全く違っているのではないか。
そう、単純な話ではないような気もするのだ。
まだまだ足元にも及ばない。
そういうところか。
何だかんだと言っても、澤井は保住の初めての指導者。
全て彼から学んだ。
喧嘩をして、ぶつかって、痛めつけられて黙らされたことばかり。
だけど、彼が言っていることは理解できる。
正統派ではないかも知れない。
だが、正統派で生きていけるような世界ではないことも、彼から教えられた。
ある時はずるく、相手の懐をみて交渉していかないと。
自分の好きなことはできない。
やるかやられるかだ。
タイプは違えど、自分は澤井タイプだ。
父親と仲の良かった吉岡には悪いが、どう考えても、仕事の基本には澤井が入っている。
だから切っても切れないし、彼には敵わない。
自分の思考過程が、彼には手に取るように分かると言うのは、そういう事もあるだろう。
ただ、彼を越えたいとか、そういう精神がある訳でもない。
自分は自分。
人と比べるのは好きではない。
自分が好きに出来る事が大事。
悩みに悩む田口は、見ていると面白い。
青くなったり、赤くなったり。
無表情の割に顔色は、はっきり出るタイプ。
表情がないせいか、苦しんでいるようには見えないが。
きっと。
結構、悩んでいるのだろうな。
じーっと眺めていると、田口は耐えられなくなったのか、立ち上がって保住を見る。
「見つめないでくださいよ!恥ずかしくなります!」
「ああ、そう言うことで、赤くなったり青くなったりしていたのか」
自分のせいか。
そう言うところは、鈍感。
きちんと言われないと分からない。
保住は笑う。
「真面目に悩んでいるんですから」
「そうだろうな。そう言う顔をしていた」
「からかわないでください」
ぶつぶつ文句を言って、田口は腰を下ろす。
保住は、頬杖をついて見ていた。
「だから、係長!」
「帰ろうか。田口」
「え?でも。まだ仕事が……」
「付き合ってやる」
田口は、顔を赤くした。
「な、ななな……」
「なんで赤くなる?仕事だろう」
「だ、だって」
「変な田口」
保住は、パソコンを閉じる。
「帰ろう。お腹空いたな。今日はうどんが食べたいな」
「……」
「お腹空くと、いいアイデアも浮かばないものだ。何か食べないと」
田口は、がさがさと資料をかき集めて帰り支度をする。
「あ、あの。保住さん」
「何?」
「いえ。あの。その」
田口はおろおろとして、荷物を抱えた。
「いえ。今まで通りでいいのでしょうか」
「何が」
意図が伝わらないのか。
ため息を吐く。
「……聞いた自分がバカでした」
田口が何を言いたいのか分からない。
保住は、首を傾げて歩き出した。
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