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第15章ー8 自分の知らない時間を知る人
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「保住とは上手くやれているのだろう?」
「……上手く、ですか。多分、そうなのかと自分は思っているのですが」
澤井に余計なことを言っても仕方がないが。
嘘もつけないタイプ。
田口のはっきりしない返答に、澤井は笑う。
「あいつは受け身。押せばなびくし、引けばそのまま。お前次第だと思うがな」
「局長……」
「別に。アドバイスでも何でも無い。ただお前たちは、時間を無駄にしすぎる。この歳になると、時間ほど貴重なものはない。過ぎ去ってしまった時間は取り返せない。常に全力で生きる。それが必要だと思うがな」
澤井は、身をもってそう学んだ。
そんな説得力がある。
「保住の父親は死んだ。取り返したくても難しい。だからといって、似ている子供が代わりになるかと言ったらそうもいかん」
「保住さんは、代替えなのでしょうか」
言葉が悪い。
田口は、ムッとする。
「そうだな」
澤井は、あっさりと言ってのける。
田口は、不愉快な気持ちになった。
「局長」
しかし、その続きがあるのか。
澤井は、軽く頷いて続けた。
「最初はそうだ。だが、違うことも理解した。今は、父親とあいつは違うと完全に認識している」
「では」
「違う人間として、あいつに心を動かした。それだけだ」
それは、保住自身を純粋に好いていると言うことか。
「局長は、やっぱり保住さんがお好きなんですね」
否定するか。
いや。
澤井は、肯定。
「そうだな。あいつのことは好きだ。自分のことを理解出来なくて戸惑ったり、受身でその場に流される弱いところとか。仕事は出来るが、周りに合わせないと浮いてしまうところとか。ああ、そうだな。プライドが高くて、日頃、悪態ばかりつくクセに、情事の最中は、しおらしいところもだな」
「……あなたと言う人は」
呆れる。
しかし、それだけ彼のことを理解しているということだ。
澤井の述べる保住の人と成りは、田口も理解しているところだが。
最後のそれを、田口は知らない。
「そうだろう?ああそうか。まだ見ていないのか?」
田口の反応を見て、澤井は一人で勝手に納得する。
「あれは女に人気があるが、男向けだ。心も身体も自分に繋ぎ止めておかないと。あっという間に、別な人間に取られるぞ」
「そうでしょうか」
「おれはそう思っているがな。さっきも言った。押せばなびく。押されると弱い人間だからな。そんなことはお前も理解しているのだろう?おれとの一件で」
「局長は、保住さんを諦めてくれたのでしょうか?」
「諦める?」
澤井は、笑いだす。
「それをおれに直接聞くのか?やはり面白いな。田口」
「すみません。分からないことは知りたくなるものです」
「不安なのだろう?おれたちの関係性が。まだ疑っているのだろう?」
田口は、まっすぐに澤井を見る。
「保住さんを信じていない訳ではありません。ただ、今までの経緯があります。それに、やっぱり元恋人の存在は気になるものです。違いますか?」
「違わんな」
「あなたの存在は、あの人にとったら強烈すぎます。初めての上司。仕事を教えてくれた人。保住さんの仕事のやり方は、あなたにそっくりです。それだけ、あの人の中には、無意識のうちにあなたが入り込んでいる。さらに、あなたの存在感。保住さんにとって、理解者としてあなたほどの人はいないのではないかと考えます」
そう。
澤井の存在は、保住の市役所職員としての根幹に関わるのだ。
「おれだって、知りたい。あの人の理解者でありたい。多分、他の人たちよりは、理解しているつもりです。だけど、あなたとあの人の歴史は分からない。時間が足りないんだ。おれは、あの人との時間の共有が不足している。澤井局長には、かなわないのです」
「だから不安になるのか?」
「そうです」
田口は、うなずいた。
澤井は目を細めて、田口を見つめる。
「お前は素直。正直者だ」
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