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第16章ー6 舞い戻る
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オペラ上演1週間前。
「やっと出てきたのか」
澤井は、ちらりと視線を寄越すが、ため息を吐く。
「顔色が悪すぎるぞ。1日持つのか」
コルセットをしてはいても、3週間も寝込んでいたお陰で、身体を支える体力も筋力も一気に落ちたようだ。
「なんとかします」
「痛み止めは?」
「1日3回です」
「はあ……。お前のあけた穴は、田口が塞いでいた。お前がいなくて滞っていることも多いが、出来ないわけではない」
椅子に座っている保住もため息だ。
「お前の父親もそうだが。身体が弱すぎる。この仕事、休みがちだと寝首をかかれるぞ」
「申し訳ありません」
じんと重い痛みは、受傷したばかりの痛みとはまた違う。
「動き始めれば、何とかなるかと考えています」
「甘い見積もりだな。お前らしくもない」
「そうでしょうか?少しずつ復帰させてください。足手まといにはなるつもりはありません」
「痛みがある奴に何が出来る」
澤井はそう言うと、保住の目の前に来て、彼の顎に手を当て上を向かせる。
首が上に向けば、背中は自然と反る形になる。
チクリと痛みが走り顔をしかめた。
「ほらみろ。これだけでも痛むのだろうが」
「そんな物は想定内です」
そう言って立ち上がろうとするものの、ソファの高さは低くてキツイ。
「強がるな」
澤井は苦笑して、保住の手を引いて立ち上がりを手伝う。
「すみません」
「強がりはむしろ周りの迷惑。一日キツイなら時間を短縮しろ。肝心なところだけ顔を出せばいいい。後はメールで何とかなるものだ」
「ありがとうございます」
立ち上がってしまえば、手を借りることはないが、澤井は手を離す気がない。
保住は顔を上げる。
澤井は心配そうにこちらを見ていた。
「すまなかったな。無理をさせたのだろう」
「局長」
保住は、素直ではない回答を口にしようとするが、その言葉をやめて頷いた。
「あなたの教育委員会事務局長の最後の花道ですからね。悪態をついたり素直ではない部下だったかもしれませんが、あなたには色々な事を教えてもらいました。感謝しています」
「そんな風に思ってくれているのか」
澤井は、苦笑する。
「素直ではないのは、あなたも一緒ですからね」
「そうだな」
澤井は保住の腰に腕を回すと、一気に引き寄せる。
腰を支えられたお陰か、痛みが和らぐ。
「仕事中ですが」
「田口にこうしてもらっていろ。楽なはずだ」
澤井との距離が近い。
保住は俯く。
「勘弁してくださいよ」
「たまには触らせろ」
「嫌です」
そっと床に降ろされて、保住は頭を軽く下げる。
屈む姿勢が一番辛いのだ。
「失礼します」
「帰るときは帰れ。休めるときは休めよ」
「ありがとうございます」
澤井は、静かになった部屋を見渡す。
この部屋にいるのも、後1週間か。
「おれには次があるのだ。保住」
口元を歪める。
1週間後。
彼は更に上に登る。
「お前にはまだまだやってもらいたい事があるのだ。お別れとはいかんな」
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