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02 雨夜3
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カツカツカツ。
タクトが高い音を立てて鳴り、余韻は解ける。
演奏が終わった後は、いつも放心状態になってしまう。
夢の世界から現実へと引き戻されて……。
時差ぼけなのだろうか。
ふっと軽く笑ってから楽器を下ろす。
指導をしてくれていた柴田は、楽譜を閉じ、みんなを見渡す。
「今日は、ここまでにしよう。来週は、もう少しテンポを上げてみるから、もう一度、譜読みをしてくれ」
彼は笑顔だ。
いつもそう。
この笑顔を見るとほっとした。
自分の演奏がよいものであったと言う証拠だから。
「ありがとうございました」
関口の声に合わせて、団員たちも口々に彼に感謝の言葉を述べる。
柴田と入れ替わりに立ち上がった団長は、あたりを見渡し、よく通る声でコメントを述べた。
「もう少しピッチを上げて仕上げよう!演奏会には、まだ時間はあるけど……。いっつも切羽詰まっちゃうからね。それから、休んでいる人にも声を掛けてください。皆が揃わないと先生も曲のイメージを作るのが大変です。以上です。ではまた木曜日」
彼の挨拶が終わると、一同は楽器の片付けに取り掛かった。
今日は、少々時間が長引いてしまった。時間は、21時を回ってしまっている。
星野たちに迷惑をかけてしまうな。
ちらっとそんな思いが頭の隅をよぎった。
「みんな!急いで片付けしてください!時間が過ぎたよ~」
第一練習室は広いが、オーケストラは大所帯だ。
仲のいい団員たちは片付けをしながら集まって談笑をしている。
その声や物音が室内に響いて、すごい騒ぎに聞こえた。
関口は、大きくため息を吐く。
演奏にはとてつもない労力が費やされる。
音符を追い、演奏のテクニックを駆使し、イメージを膨らませる。
身体のすべてを使って行うこの行為。
自分でも器用だと思う。
たぶん、音楽以外ではこうは行かないだろうと思う。
元々は不器用な男なのだ。
音楽一筋で来たせいで、人と付き合うなんてことも面倒だし。
「今日も蒼ちゃん、誘っちゃう?」
「この前、可愛かったもんね!」
愛器のヴァイオリンの弦を緩めていると、そんな言葉が聞こえた。
ちらっと視線を向けると、先日の彼女たちだ。
「お酒入るとほわほわして。女の子みたい」
結局、あれから夕飯に行ったらしい。
前回の練習のときは、楽しかったと、はしゃいでいた様子が印象的だった。
先週、出会った男。
蒼。
そうだ。
確か蒼と言われていた。
苗字?
いや名前?
星野が下の名前で呼んでいるなんて珍しいことだと思う。
みんなに名前で呼ばれて親しまれている男。
ふっと真っ黒な瞳を思い出した。
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