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10 当てのない想い1
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蒼と関口が一緒に住み始めて、1ヶ月とちょっと。
関口のコンクールは、目前に迫っていた。
7月。
夏は始まったばかりである。
果物がたくさん獲れる梅沢。
ちらほらと桃が出荷されるようになってきていた。
桃がお目見えすると、夏と言う感じがする。
二人の生活は、めまぐるしく過ぎていた。
星音堂の風邪引きピークも山を越え、ほとんどの職員が通常業務をこなせるようになった。
水野谷もほっとしたところだろう。
残された職員の過酷勤務と言ったらなかった。
かと言って風邪を引いた者を責めるわけにもいかないし。
やり場のない不公平感を感じつつも、星音堂はいつもの姿に戻っていた。
コンクール開催は一大イベントである。
県内外から人が集まり、マスコミも多い。
駐車場の少ない施設では、大きなイベントがあると、てんてこまいになるのだ。
そんなに大きくない会場に入りきれない人がいても問題だ。
水野谷は頭が痛い。
当日は、駐車場の誘導を手配したり、表示の確認などをしなければならない。
事務局は県とは言え、自分たちも知らんぷりはできないのだ。
職員総出だろうな。
当日の書類を眺めながら、イメージをしていると、ふと咳が聞こえる。
「ごほごほ……」
みんな元気になって、落ち着いてきたと思ったのに。
どうも足並みが揃わない。
彼は、みんなが風邪を引いているときに頑張ってくれたから仕方ないか。
水野谷は、ため息を吐いて咳の主、熊谷蒼を見つめる。
「おいおい。また風邪か?」
「すみません……」
気管支がひゅうひゅう音を立てた。
風邪と言うか喘息と言うか。
呼吸が苦しくて仕事に集中できないのは確かだった。
自分でも嫌になってしまう。
「酷いなあ。喉の音」
星野も心配そうに蒼に視線を向けてくる。
関口は寝相が悪い。
朝起きると、ほぼ布団は取られていてないに等しい。
いくら夏だってまだ真夏ではない。
夜は寒いのだ。
前回の風邪が、せっかく治ってきたと思っていたのに。
完治していたわけではなかったようだ。
疲労と冷えたことでの風邪の再発。
もう少しで関口のコンクールだと言うのに。
一番がっかりしているのは蒼である。
「熱があるんじゃないか?」
「喉が痛いだけでそんなことはないと思うんですけど」
手を添えて咳を堪える。
どれどれと星野の冷たい手が蒼の額に触れた。
「あちっ!」
大げさなリアクションに蒼は苦笑する。
「嘘ですよ」
「ばれた?」
高熱ってほどではないけど、暖かいのは事実だ。
星野は心配そうに蒼を見る。
そんな二人のやり取りにしびれを切らしたのか。
水野谷が蒼の元にやってきた。
「蒼。今日は帰っていいから。病院に行ってきなさい」
「課長」
「ひゅうひゅう言っていたんじゃ、みんな気になって仕方ないだろうが。風邪を引くと長いんだから。お前」
水野谷の眼鏡が光る。
「課長……」
「去年は無遅刻無欠席の優等生だったのにな」
星野も頷く。
蒼はしょんぼりだ。
前回のことでも明らかになったように、蒼は下っ端で引け目を感じているようだ。
お荷物にならないように頑張っているが、空回りしてしまうことが多い。
「体調管理も出来なくてすみません」
しゅんとなって俯いていると、水野谷は嬉しそうに彼の肩を叩いた。
「そうだ!」
「お前、有休が残っていたろ?3~4日休みなさい」
「ええ!?」
「この前、皆が休んだときに頑張ったんだ。休暇だと思って。ね?」
半分強制だ。
管理職としては有休が残っているのは好ましくない。
そう言わんばかり。
星野や他の職員たちは苦笑した。
本当は蒼を気遣ってのことだろうけど。
蒼からしたら、冷たい申し出に聞こえる。
自分はここにいなくても大丈夫、みたいな言い草だと思った。
しかし、星野は豪快に笑う。
「蒼。素直に受けとっといた方がいいぞ。休暇なんて、おれたちですらもらったことないんだから。ゆっくり休んで、後は頑張ってもらおうってことだろう?」
「そうそう」
星野の言葉に吉田も同意する。
「この前は、おれが休んだときに頑張ってくれたんだから。今度は、蒼がゆっくりすればいいじゃん」
きっぱり言い切られてしまうと、なんとも言いようが無い。
閉口して、休暇届けを書く。
こうしていても呼吸が苦しかった。
「では。お大事に」
にこやかに見送られるとなんとなく悲しい。
半分追い出される格好で、星音堂を後にした。
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