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11 口づけ2
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「熱はだいぶ下がったみたいだね」
梶川は、にっこりと病室に入ってくる。
爽やかに微笑まれても、気分は滅入るばかりだ。
朝の回診。
朝食も食べる気が起きないので、下げてもらったばっかりだった。
「……」
ベッドの上に座り、ぼんやりと梶川を見つめる。
蒼の瞳に光はなかった。
「熊谷くん?」
「先生……」
死んだ魚みたいな蒼の目。
肩を掴んで梶川は自分のほうを向かせる。
「しっかり」
「……はい」
気合を入れてもあまり変りはない。
彼はため息を吐いて側の看護師から夜間帯の様子が書かれている記録をもらう。
「発作が出たね。久しぶりだったし、肺炎もあるから辛かったんじゃない?」
「ええ」
梶川の言葉に反応はするが、それは機械的なものに感じられた。
彼の手元を見つめ、ただ頷くばかり。
喘息の発作は、想像以上に体力を消耗する。
吸うことは出来るが吐くことが出来ないから。
体内に溜まった二酸化炭素をなんとか外に出そうと、努力して呼吸をすることで、全身の筋肉をフルに活用しなければならないのだ。
元々、肺炎で体調が万全ではないところに、この発作は厳しいだろう。
ぐったりしてしまっているのも頷ける。
梶川は、蒼の背部に聴診器を当て診察を行った。
雑音は、今だ健在。
焦らないで抗生物質を投与する必要があるだろう。
肺炎は、それで持ち直しそうだ。
問題はその間に喘息の発作をいかに抑えられるかと言うところ。
「もう少し、喘息の薬を増やすようにするね。喘息が思ったよりネックになってきているね。喘息をコントロールできないと、肺炎はなかなかよくならなそうだ」
梶川は紙面に指示を記載する。
「ご飯は無理?体力つけないと難しいんだけどな。一口でもいいから食べられない?」
「ええ……」
何を聞いても蒼の答えは一緒だった。
経口での摂取は無理か。
「熊谷くん。口から食べられないから悪いんだけど高カロリーの点滴に切り替えてもいいかな?」
「ええ」
「熊谷くん……」
「お願いします」
蒼は頭を下げた。
これ以上は無理だろう。
彼に直接説明しても無駄だ。
「ご家族を呼ぶしかないね」
看護師に指示を出す。
「じゃ、家族を呼んで、今後のことをお話するからね」
彼の言葉に、今までぐったりしていた蒼は慌てて顔を上げた。
「それだけは……」
「え?」
「あの。家の親は、今ここにいないんです」
「え?」
「だから……」
頭が回っていないのだろう。
何を言っているのか分からない。
「あの。家族に電話しても誰も来ないし。それに心配かけたくないし」
「熊谷くん?」
「おれ、平気です。大丈夫です。一人で判断できますから!」
家族に連絡をされたくない事情でもあるのだろうか?
梶川は困った顔をした。
「昨日は緊急だったからちゃんと説明しなかったけど、本当は入院に伴って、ご家族に来てもらって身元引受人の書類をお願いしなくちゃいけないんだけど……」
「あの、それは……おれがやりますから。連絡とか……」
俯いてしまう蒼。
なにか事情があるのかも知れない。
こういう時代だ。
家族となにかあることはよくある話だ。
梶川は苦笑する。
「いいよ。熊谷くんに任せるから。そこは心配しないで、まずは療養しなさい」
ぽんぽんと頭を撫でられて俯く。
馬鹿みたいだ。
そんなに気にすることでもないのに……。
熱と苦しさと疲労と恥ずかしさと。
いろんな感情が交じり合ってなんだか泣きたくなった。
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