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12 それぞれの覚悟1
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蒼が退院したのは、コンクールの前日であった。
「あとは、定期的に受診をして、薬はちゃんと飲んでね。肺炎は、余程いいみたいだけど、これからは季節の変わり目に喘息の症状が出ると思うから」
詰め所で主治医である梶川に頭を下げる。
蒼の荷物を車に積んできた関口も、慌てて一緒に頭を下げた。
「お世話になりました」
「ありがとうございました。きちんと受診します。これからもよろしくお願いします」
にこにこしている看護師たちにも丁寧にお礼を言う。
関口が持ってきた東京のお菓子。
受け取れません、なんて言っていたけど、中身が話題のスィーツだと分かると快く受け取ってくれた。
関口に頼んでおいてよかったと思う。
やっぱりお世話になったんだし。
これくらいのお礼はしたいのだ。
こういう部分はきっちりしている。
ぺこぺこ頭を下げながら、病院を出て彼の車に乗り込んだ。
金曜日と言うこともあって、町の様子は閑散としたものである。
田舎なんて、どこもそんなものだろう。
県庁所在地と言っても、そんなに規模も大きくないし。
市街地を離れると、静かなものだ。
「ごめんね。関口。大切なコンクールの前の日なのに」
ハンドルを握っている彼の横顔を見て蒼は、頭を下げる。
しかし、彼は嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「いいって。それより。蒼が退院できて良かったよな。コンクールにばっちり間に合ったじゃん」
本当だ。
梶川にどうしても土曜日に用事があると伝えておいてよかった。
ちょっぴり早かったけど、蒼の希望を考慮して退院を今日にしてくれたのだ。
彼には感謝だ。
大きく息を吐いて視線を外に向ける。
ぼんやり町並みを見ながら考える。
あの時のこと。
あのキス。
キスされた日、関口は気まずそうに視線を合わせずに部屋から出て行った。
どういう意味なのかさえ、分からないまま取り残された蒼。
もう彼が、自分とは逢ってくれなくなるのではないかと言う疑念を持ってしまっていた。
もう会えなくなったらどうしよう。
しかし、翌日。
関口は、面会時間になると笑顔でやってきた。
そして、蒼の大好きな本を届けてくれた。
それから。
星音堂の様子も一緒に教えてくれた。
そう。
あれ以降、彼からキスについての話題が出ることはなかったのだ。
蒼は、ものすごく気になっていたが、自分から切り出すのもなんだと思い黙っていた。
なにも変らない関口の態度。
不可解なことだった。
「蒼?」
ぼんやりそんなことを考えていると関口から声が掛かる。
「へ?」
「大丈夫?まだ調子でないな」
ぼんやりしているので、体調が悪いと勘違いしたらしい。
心配そうに、ちらちらと視線をよこす。
「え。うん。大丈夫だよ」
「でも……」
「それより、関口の調子はどうなの?明日は?」
おかしそうに「え?」と声を上げて関口は笑った。
「やばいね。やっぱり。想像以上に緊張している」
明るく話すけど、言葉の内容は重い。
蒼はしょんぼり彼の横顔を見つめた。
自分では、なにも出来ない。
支えてあげることは、出来ないのだ。
こんな消極的な発言をする彼を見たことがないから。
すごく不安なのだろう。
乗り越えなくてはいけないものだと話していたことを思い出す。
そうか。
不安で。
寂しくて。
だからあんなキスしたのかも知れない。
もしかしたら子どもみたいなところもあるし。
この数日。
あのキスの意味を探して悩んでいたが、自分の中でなんとか納得のいく答えが出たら、ほっとしたのだ。
「大丈夫だよ」
「え?」
自分にも言い聞かせるように蒼は呟く。
「大丈夫。おれは信じている。関口なら乗り越えられるって」
一瞬、戸惑ったような顔をした関口だけど、すぐに笑顔になる。
そして、蒼の頭を撫でた。
「ありがとう……蒼」
「別に……。でもなんで頭を撫でるのさ?おれ年上なのに~」
ぶうと膨れるが関口は取り合わない。
さっさとアパートの駐車場に車を入れて、荷物を持ち上げた。
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