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14 役不足2
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「ありゃ、完璧に嫁姑の会話だな」
日本酒をあおり、彼は満足そうだ。
「家は女の子がいないから。ああいった話は誰も出来なくて可哀相なんだ。息子たちも嫁を連れてこないしね。って蒼は男か」
柴田も随分酔いが回っているようだ。
今日は教え子の優勝パーティーだ。
嬉しくないはずがない。
彼もずいぶん心配してくれていたのだろう。
ほっとしたと言うところか。
「蒼は器用なんですよ。大雑把なところもあるんだけど、結構、気が利くし。料理も上手だし……」
「お前にはもったいないな」
「そう言わないでください!……まだ蒼にはなんにも話してないんですから」
関口は俯く。
キスはしたけど。
まだなにも。
「なんだ。おれはてっきり、相思相愛なのかと思っていた」
「違うんです」
関口も酔っている。
目を細め、熱っぽい視線で蒼を見詰める。
「あいつが、おれのことをどう思っているかは、全然わかりません……」
柴田は苦笑した。
ぼんやりしてしまう。
柴田の妻と楽しそうに笑い合っている蒼を見ていると、もどかしい思いがこみ上げてきた。
「あの子はいい子だよ」
「先生」
「お前は出会って二ヶ月やそこらかもしれないがね。おれは数年前から知っている。あの子は、本当にいい子だ。……まあ。お前のことをどう思っているのかは知らないがね」
「先生!おれだって、知っていますよ。あいつがどんなやつかなんて……。でも、分からないんです。近寄ったり離れたり。おれのことをどう思っていてくれているのか」
しょんぼりしてしまう。
しかし、柴田は笑って背中をばしばし叩いた。
「先生!?」
「いいじゃないの?わかっちゃったらつまらんだろう?恋って」
「……そう言いますけど。当の本人は苦しいんですよ?」
切なそうな彼を愉快そうに見ている柴田。
「だから面白いのだよ。恋は。ま、若いから分からないだろうがね」
「……」
日本酒に映る自分を見ていると、なんだか間抜けな顔をしていた。
「好きになると弱いです。あいつのためだったら、なんでも出来そうな気がする。だけど、あいつに関しては臆病になってしまいます。自分が曝け出せない。なんだか情けなくて」
「関口」
「はい?」
「お前には、苦しみが必要だ」
「はい?」
急に真面目な顔をして、柴田は関口を引き寄せる。
そして声を潜めた。
「音楽っていうのは人間性だ。いろいろな経験が物を言う。きっと、今の辛さも、お前の演奏の糧になるだろう。いいか?プロってやつは、どんな問題でも否定的にならずに肯定的に受け止めて、尚且つ吸収してしまうものなのだ。自分を取り巻く環境は土だ。なんでも吸収して、太く長い演奏家になれ。おれはそれが一番だと思う」
「先生……」
関口は柴田を見る。
大好きだ。
尊敬もしている。
彼の言葉が関口をいつも導いてくれる。
「先生……あの!」
「はいはい。お肉よ!」
関口が言いかけると目の前に肉を乗せた皿がどん!と音を立てて置かれた。
「すみません……」
「どんどん食べて。若いんだから!」
柴田の妻は、半分やけになっているのだろう。
目が怖い。
ここまで来ると、どっちが弱音を吐くかの勝負みたいなところがある。
「酔っ払いは二人でやってちょうだい。ささ。蒼ちゃん。さっきの続きを教えるわね」
「すみません」
どうやらキッチンは、料理教室になってしまったらしい。
関口と柴田は顔を見合わせて苦笑した。
「また蒼のこと連れてこいよ。あいつが喜ぶ」
「わかりました。いつもお世話になっていますから」
こうして夜は更けていく。
お料理教室の成果が机の上に並ぶ頃、酒豪二人は夢の中であった。
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