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18 マエストロ3
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空と栄一郎とのひと時は、蒼にとったら楽しいものだった。
二人の間には、今までいろいろなことがあったけど、夫婦としての絆は確かにあるようだった。
空も栄一郎も終始笑顔で蒼も満足していた。
短い時間だったが、面会を終え栄一郎と一緒に病院を出る。
蒼はバスで来ていたので、彼が送ってくれることになった。
父親との久しぶりの対面は緊張するものだが、空の笑顔を見たせいか気持ちは軽かった。
「最近、全然帰ってこないが……。仕事、忙しいのかい?」
「……え。ええ。いろいろ。やっぱり残業があったり。週末も休みじゃないし」
思わず笑みが洩れた。
彼とこうして並んで歩くなんて。
ありえないことだと思っていた。
「蒼」
ふと足を止めた栄一郎は蒼の背中に手を当てる。
「え?」
「少し気管支の音がするね。喘息、ぶり返したんじゃないのかい?」
ビックリする。
彼はなんでもお見通しだ。
「この前、風邪を引いたら肺炎になっちゃって。その時に喘息をぶり返したみたいです」
彼には嘘は言わないほうがいい。
蒼は素直に先日の経過を話す。
「肺炎!?大丈夫だったのかい?」
栄一郎は驚いた顔をして蒼を見ていた。
「え。はい。梶川先生に診ていただきました」
「そうか……。家に来ればよかったのに」
眼鏡の奥の瞳は心配気だ。
昔から栄一郎は、蒼の体調を気遣ってくれていた。
母親もいないし。
父親とも血の繋がりはない。
体調が悪くても我慢していることが多かった。
だけど、医師であるためか?
それとも蒼のことを気をつけてみてくれているからか?
栄一郎はすぐに蒼の異変を察知して声をかけてくれていた。
体調が悪いとき、彼の声がどんなに励みになったことだろう。
こんな優しい父親だったのに。
あんなに優しい家だったのに。
一度、家を離れて世間のことを見て回ると、生意気にもいろいろな思いが生まれるものである。
大好きだった父親や兄弟、熊谷と言う家は憎しみの対象になり下がり、今では元凶とすら思ってしまう。
母親と自分が巻き込まれた一連の事柄に元凶なんて存在しないのに。
不幸が重なっただけなのに。
そう思うことで自分の気持ちを落ち着けようとしていたのだ。
それが。
関口と出会ったことで転機を迎えていた。
少しずつだけど、考え方は変ってきている。
まだあの家を完全に許せるまではいかないけど、許そうと思う気持ちが、少しずつ出てきているのだから。
「蒼、無茶はしないんだよ。何事も身体が基本だからね」
そんな蒼の思いなんて知る由もない彼は蒼を優しく見つめた。
「なにかあったら言いに来なさい。陽介も戻ってきて、駆け出しながらなんとか外来をやっているし」
「……陽介が」
にっこり笑う栄一郎。
いつも彼の前に出ると俯いていた自分。
だけど、今日はほんのちょっとだけ彼の顔を見れるような気がした。
そう。
今は少しだけ上を向いていられるような。
そんな気がしたのだ。
微笑んでいる彼と視線が合うと気恥ずかしかった。
蒼は慌てて話題をそらした。
「あ。そうだ」
かばんから関口圭一郎の演奏会のチケットを出す。
「こ、これ」
「ん?ああ。圭一郎か。珍しいな。こっちで演奏会だなんて」
「あ、あの。友達のお父さんなんです」
「え!」
栄一郎はビックリして笑う。
「奇遇だなあ。忙しくてね。最近こういう情報に疎くなってしまっているんだ。あいつとも連絡を取ってないしね」
「母さんが外出しても良いって言われたって聞いたから。よかったらと思って。関口のお父さんも父さんと全然逢ってないって言ってたし……」
「……」
瞬きをしていた彼はチケットを受け取る。
「ありがとう。君からこんなプレゼントされるなんて思ってもみなかったよ」
「……すみません」
「なぜ謝る?」
「あ……。ごめんなさい……あ!」
慌てている蒼。
栄一郎は目を細めた。
「遠慮はいらないよ。私は君の父親なんだからね」
「はい……」
なんだか恥ずかしくなってしまった。
「さ。送ってくよ。帰ろうね」
「はい……」
蒼は先に歩き出す彼の背中を見て、かたぐるまをしてもらったことを思い出した。
「お父さん」
『もっと~!もっと高く高く!』
大好きなくまのぬいぐるみと一緒にねだったかたぐるま。
蒼の大好きなそれを、飽きることなく彼は叶えてくれた。
父親なのだ。
彼が。
自分の父さん。
笑みを浮かべて慌てて彼の後を追った。
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