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33 ちゅんちゅんちゅん2
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「おれたちは、ああいう曲だってやりたいんです!おれたちの意見も聞いてもらいたい!」
だんとテーブルに手を置く黒田という男。
蒼は喧嘩か!?とばかりにはらはらして、その場に立ちすくんだ。
「お前たちのやりたいという意欲はわかった。しかし、理想と現実は違うってこと、わかってないのだ。どうしてその曲なのか、根拠も不明だ。本当にお前たちにできると思っているのか?今の実力、編成、人数を見てみろ。そんな大曲は無理だ!」
静かに座っていた初老の男。
ここでは先生と呼ばれているが……。
先生が黒田にきつく言い放つ。
「それは」
「お前たちの好きな曲をやるのは構わん。おれはそこまで口出しはしないつもりだった。しかし、今のお前たちの実力では無理だ!自己満足の練習なら、よそでやってくれ。おれたちはお金を取って、客に来てもらうのだからな。そのことを忘れるな」
「先生!!」
「それに、こんな堅苦しいプログラムでは、音楽好きにしか受けないだろう。もっと客を呼びたいなら、ポピュラーな曲も選択するべきだ。もしそれができないのなら、ここの星音堂ではなくて、小さなホールにしたらいいんじゃないのか?赤字だぞ」
黒田と言う男はむ~!!とした表情で先生を見る。
そんなことはわかっている!と言わんばかりだ。
「もう結構です!」
「それは、おれに指揮を降りろと言うことか?」
「そんなことでは……。ただ、今日はこれ以上話しても無駄だと言ったんです!」
「別な日に話しても同じだとは思うがね」
先生は楽譜を黒田に押し付けて、そのまま席を立つ。
「おれはしばらく練習を休む。処遇はお前が決めてくれ。団長」
「先生!!」
「おれの意見は変わらない。お前たちの好きにすればいい。おれのこともお前に任せた」
真剣な視線を黒田に向ける先生。
蒼には分る。
彼がこの団の指揮を降りたくないってこと。
だって、本当に真剣に黒田を見ているんだもの。
どうでもよかったら、こんなにぶつからないだろう。
そして、黒田にもその気持ちが伝わっているのだろう。
彼は何も言えずに楽譜を握り締めた。
蒼は黙って二人の様子を見ていたが、先生が出口の方へと歩き出すと視線が合った。
蒼が廊下をふさいでいるのだ。
彼がどけないと先生は帰宅できない。
「は!す、すみません!!」
蒼は慌てて道を明ける。
「すまない」
先生は、蒼が突っ立ってみていたことを咎めるわけでもなく、軽く会釈をしてすれ違った。
ふと、すれ違ったときに彼の横顔が見えた。
だけど、なんだか寂しそうに見えた。
こんな喧嘩したいわけじゃないんじゃないかな?
この人も一生懸命、関口みたいに音楽に向かっていっているんだと思う。
ぼんやり先生の後姿を見送って蒼はそう思った。
すると、黒田と言う男に肩を掴まれた。
「わ!」
「あんた!ここの職員?」
ビックリする。
黒田は蒼なんかよりも大きいし。
わし!っと掴まれた手はとっても大きかった。
「は、はい!」
「あのさ。今見たことは誰にも言わないでくれる?」
さっきまで怒りの形相だったのに。
なんでこんなに悲しそうなのだろう?
蒼は思いっきり首を縦に振る。
「い、言いません。このこと」
「悪いね」
「い、いえ。すみません!おれこそ。聞くつもりはなかったんですけど」
「いいって。こんなに大声で騒いでいたら誰だってビックリして立ち止まっちまうよ」
「でも」
「いいんだ、ただ。黙っていてもらえれば」
黒田の真剣な瞳に、蒼は再度頷いた。
「大丈夫です。約束します。このことは内緒で」
「おう」
黒田は頭を下げて、廊下の置くに消えていった。
「……」
今日、練習しているのって文化祭でお手伝いしてもらう予定の市民合唱ではなかったか。
大丈夫だろうか。
このままいくと、内部分裂状態のような気がする。
それなのに。
水野谷はコーラスを頼んだなんて言っていたっけ。
なんだか団内も大変なのに。
こっちの手伝いどころじゃないんだろうな。
蒼は大きくため息を吐いて、目的の練習室へと足を運んだ。
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