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54.ATTO QUARTO2
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『いやあ。ギリギリだけどファイナルに残れてよかったね』
ブルーノの言葉にピゼッティはため息を吐く。
『本当だ。ギリギリだったな。やっぱり室内楽は苦手だ』
『仕方ないよ。そういうの。これから克服していかなくちゃならないんだから』
楽器を抱えてしょんぼりしているピゼッティをなぐさめる。
二人は車を降りて、本日、オケ合わせをする予定になっているホールに入る。
『そろそろおれから独り立ちしてもらわないと困るんだよねえ。世界に通用するヴァイオリニストになるんだったらおれの伴奏でだけ弾くなんてことありえないんだからね』
『ぶ~、ひどい。おれのこと見捨てる気だろう?ずっと一緒にやってきたのにさ』
膨れている彼を見てブルーノは笑う。
『そうじゃないって。お前がおれを置いて飛び出していくんだろう?』
『そんな事はしないっ!』
冗談っぽく言ったのに。
ピゼッティは本気みたいだ。
ブルーノの肩を両手で掴む。
あまりの勢いに、さすがのブルーノも表情を変えた。
『おれはお前のことを置いていったりしないっ!』
『レオーネ』
誰もいないホワイエ。
響く彼の声にブルーノはビックリした顔をしてから微笑む。
『分かってるって。大丈夫だ。おれは信じてる。お前のこと』
一瞬の静寂があって、ほっとしたのか、ピゼッティは笑顔になった。
『おれ、どうかしてるな。ちょっぴりめげているみたいだ』
『仕方ないよ。ほら。行こう。遅刻する』
顔を見合わせてから、ふとホールから響く音に気付く。
もう午前中の練習は終わっている時間だが。
不可解に思い、そっと扉を開ける。
中では練習の真最中。
腹の底に響くような重低音。
ぷっつり途切れた。
『違うって!圭!そこはもっと静かに入れ!』
指揮棒をぽんぽん叩き、声を大きくしているのはショルティ。
ファイナルの指揮はすべて彼がやることになっている。
みんな同じ曲。
それぞれの持ち味を活かす形になるはず……だが。
『なに!?おれはこういう風に出たいんだって!なんでショルに指示されなくちゃいけないんだ!おれはおれの好きにやるからこそのコンクールだろうが!ショルはただおれの伴奏してればいいんだっ!』
ステージで怒っているのは関口。
ピゼッティは思わず吹き出した。
『なんだ。あいつ』
にやにやしている彼の横顔を見てブルーノは呆れる。
『圭の言うことはもっともでしょう。ショルの言うように演奏したらショルの曲作りだ』
『だけど、あいつは自分のポリシーに引っ掛かると、とことんこだわるからなあ』
あごに手を当てて愉快そうに話すピゼッティ。
それを見て、更にブルーノは呆れた。
『それじゃコンクールにならないよ。なんでショルをこういう場に起用したんだか。運営委員会のお偉いさんたちの気が知れない』
『それは、もちろん、注目度を上げるためだろう?大体、ショルティみたいな指揮者にこういう役割を頼むほうが間違っているだろうが?お前もそれは重々承知だろう?』
椅子に座って練習の様子を見ていると、なんだか全然進んでないようだ。
楽器を弾く時間よりも口論している時間のほうが長い。
笑ってしまう。
『本当に曲を仕上げられるのかなあ。レオーネの練習する時間ないね』
『おれはどうだっていいよ。でもさ。これおかしいね。何なんだろう。あの二人。似てないようで似てるって言うか……。ここまで反りが合わないのも珍しくないか?』
笑っている場合か。
ブルーノはため息だ。
少しは自分の心配をしてもらいたいものだ。
楽員たちもおかしくて仕方のない顔をしていた。
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