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75.嫉妬1
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嵐とは突然に起こるものである。
それは海と似ていた。
ついさっきまで、何事もなく穏やかな海面をみせていたそれも、ちょっとした風にあおられて荒々しい姿に変わる。
それと同じだった。
蒼と圭の関係。
穏やかだと思いきや、喧嘩の連続。
喧嘩は日常茶飯事なのだ。
一緒にいないと寂しいくせに。
一緒にいると喧嘩になってしまう。
他の人からしたら、どうでもいいことなのだろうけど。
二人にとったら大問題のなにものでもないのだ。
そして。
今回のそれも唐突だった。
その日。
圭は自分のリサイタルの打ち合わせのため、星音堂に顔を出していた。
待ちに待ったリサイタル。
ここでやることが意味あることなのだ。
小さい頃から出入りしていた場所。
子どもの頃は、リサイタルを開けるなんて夢にも思わなかったから。
ここで、リサイタルを開くことが彼にとったら一人前になった証拠だったのだ。
圭にとったら、この上ない至福のときだ。
夜も眠れないくらい興奮だった。
演奏会は明日だ。
今日は、明日に備えてのリハーサルを大ホールで行う。
以前、演奏したのはコンクールだった。
今回は、まるまる1時間半を独り占めできるのだ。
それが嬉しい。
わくわくする気持ちを抑えて、星音堂の扉を開ける。
中に入ると、高塚が立っていた。
「圭くん!」
「ごめん。遅くなった」
昨晩、眠れなかったせいで寝坊気味なのだ。
寝癖を押さえながらの登場である。
「大丈夫?……」
彼の視線は頭。
「見るな」
真面目な顔で言われても困る台詞。
高塚は笑いを堪える。
「ご、ごめん。だって。圭くんが身だしなみを整えてないなんて珍しいと思って……」
「それだけ緊張しているし、興奮しているんだ」
彼がどんなに楽しみにしていたのか。
高塚にはよく分かる。
圭との付き合いも半年になってきたから、いろいろ分かってくることも多いのだ。
「東野さんはもう来てる。今、ステージでピアノの調整をしてる」
東野美鈴。
前回の蒼とのいざこざの発端になった女性である。
結局は、彼女もいろいろ思うところがあってのことだったらしいが。
なんとなく、ギクシャクするのは仕方のないことなのかも知れない。
色々と問題が多い彼女だけど。
プロとして。
演奏は完璧だ。
今回は、そんな小さなことを気にしている場合ではないのだから。
そう自分に言い聞かせて頷く。
「圭くんの控え室は練習室1を押さえてあるから。そこで調整してもいいけど?」
「そうだね。ちょっと、楽器の調子を見てみないと……」
そこまで言って、ふと事務室内に目が留まる。
蒼だった。
彼が仕事をしている姿をこっそり見るのは久しぶりだった。
ネクタイ姿の彼。
自宅で見るそれとは明らかに違う。
「うんうん」
満足げに頷いている圭を高塚は怪訝そうに見つめる。
これでは、働いている息子を見て、「あいつも一人前になったなあ」と感激する親父である。
「ちょっと、圭くん?」
「いいじゃん。ちょっとだけ。蒼の仕事姿を盗み見てもバチはあたらないだろう?」
彼はこそこそと身を乗り出して事務室内を観察する。
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