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一人っきりの部屋で、ベッドの淵でアグラをかいた紫はすんと鼻を啜ってみせた。
「…だって僕は、嶋の“番”にはなれないんだもの。」
元々明日の朝には、紫の家を出るつもりだった。嶋の荷造りは八割方完成していた。紫の裏切りから三十分後には、αが自らの実家に帰る用意は出来ていた。
マンションのエレベーター。黒いボストンバッグを手にしたαと、紫が乗り込む。二人っきりの鉄の箱。振動音だけが、やけに大きく聞こえた。
「…今まで、ありがとう。」
嶋は、Ωに対して最後だろう礼を口にする。
「毎日作ってくれた飯、最高だった。紫ちゃんと過ごす時間が、気ままで…下手したら実家より居心地が良かった。」
(わざと短い発情期になってオレをヒートにして、夜這いをかけた最悪野郎なのに。)
ぽつり、と呟くと後から後から言葉が溢れ出て…止まらない。
「紫ちゃんと勉強出来て、楽しかった。これからは、赤点回避だけじゃなくて…きちんと授業受けよっかなって思った。」
(これが最後って縋りついてきたセーフティセックスも、ゴム裂いて中出しさせようとする最低クソビッチなのに。)
目頭が熱くなる。鼻から情けない音が出た。上唇の痙攣が止まらない。声が…震えるのに、喋るのだけは、やめたくなかった。
「紫ちゃんのつんけんした態度も、実は照れていざとなったら全部顔に出ちゃうとこもたまらなく好きだった。他のΩがしている匂いも嗅いだけど、やっぱりあのシャンプーの匂いは紫ちゃんが一番似合うだろ。夜這いは意味わかんなかったけど…オレを抱きしめてくれたあの夜の温かさだけは、オレ一生忘れないと思うわ。」
一人で勝手に喋っているだけなのに、淀みなくすらすら出てくる。軽快な音がして、目の前の鉄扉が開く。紫はただ黙って、αの先を行く。まるで、こっちが正しい道だと導くかのように。…いよいよ、終わりが近づいているのだと嶋は悟る。
痛々しい、一夏の青春の終わりが見えてくる。
「紫ちゃんが好きだったよ。…オレは、こんなひっでぇ裏切り方されて、それでも相手に話しかけている自分に今正直引いている。けど、紫ちゃんが本当に好きだったよ。飯作ってくれたからとか、勉強を教えてくれたからとか、損得だけの感情じゃない。」
紫は無言で歩く。頭を垂らして、肩を小さく揺らして、それでも真っ直ぐ歩く。方向に迷いなく、肩で風を切り、嶋を先導する。
「紫ちゃんの小さな手が好き。手の横が真っ黒になるまで勉強する負けず嫌いなとこが好き。Ωだって逃げないで、何でも突っ込んでいく姿勢が好き。オレを嗜める口調やかけてくる言葉は一々冷たくて憎らしくて仕方ないのに、耳まで真っ赤になる素直さはやみつきになるくらいかわいいって思っていた。」
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