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September .3
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「…どしたの?何?急に黙りこくっちゃって」
耳に入ってきた声に気づいてテレビへと視線をやると、既に動画は終了していた。
「あ、…ぁあ。別に考え事してただけ…」
「ふーん、そう」
その返事を聞いて、ビールを口に傾けながら同居人は油で画面の滲んだスマホをスワイプし続ける。
無作法にテーブルに置かれているリモコンを手に取り、NHKにチャンネルを変えた。いかにも頭が切れそうな男が日本列島を指しながら今週の天気を説明している。
『来週から台風17号が日本列島に上陸し、記録的な豪雨になるでしょう』
台風が日本列島を食い尽くしている様子を映した天気予報図をただ何も考えずに見つめた、いや、何も考えてないっていうのは語弊がある。
ほんとに台風がこのクソみたいな世界ごとたべてほしい、だなんて馬鹿らしいことを考えていた…かもしれない。
「記録的な豪雨って今年3回くらい聞いたぞ?どんだけ使うんだよその言葉…」
「あー、そういえば仕事行くんですか?別に無理していかなくても…」
テーブルの上に散らかっている柿の種に紛れるカシューナッツを一粒口にする。
同居人はこのカシューナッツが嫌いだ。
買ってくると「こいつは入れる必要なんてない」などと言っていつも残してしまう。
本当は俺がカシューナッツが好きなんて、同居人は知らない。
同居人はいわば水商売の経営の仕事をしている、と聞いているが深くは知らない。
扱っている店舗はわりと評判で金も潤っているらしいが、水商売なんてライトな職業ではないはずだし、正直たまに教えてくれる仕事の内容を聞くかぎりでは危ない匂いも感じなくはない。
けれど同居人には人を惹きつけるような魅力があるんだろうと俺はつねづね感じていた。
例えば俺今までは人と会話をしていると、相手のテンポに押されてよく疲れてしまう性分だった。
それが、この人と居るとその追いつけないリレーみたいな鬱々しいはずの言葉の掛け合いを楽しい時間に変えてしまう。
八木さんは俺にとって特別な存在で、憧れの人だ。
でも、俺の言う「特別で憧れの人」は世間一般の意味じゃない。
何気ない笑みやしぐさ、店舗の関係者と電話している時の背中に、思い描いているような友情とは明らかに違う何かを感じていた。
それは恋情だった。
最悪だ。
紆余曲折の末に手にした、八木さんとこのささやかな幸せをこんな醜い自分のエゴで壊してしまいたくはない。
…俺は八木さんが残したカシューナッツを取り除いて食べるだけの人間でいい。
「…ん、明日お前バイトある?」
「い いやないです、明後日はあります」
「じゃあお前が言ってた水族館いこーぜー」
「え…、なんでですか?ていうか大分前のことじゃ」「なんか行きたくなった」「えー…」
「お前、メンダコが見たいんだろ?」
「だからなんでそんなに記憶いいんですか…」
「トーマのとの会話なんて隅々まで覚えてるよ、俺」「だってお前なんか反応かわいいし」
誰か俺の心臓が溢れ出る前にコンクリートで固めておいて欲しい。
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