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第1章 かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
不審な訪問者8
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ロストと名乗った不思議な男は、日を空けずに『水月』の戸を潜った。
まるで長年通い続けた馴染みの店に入るかのように、ふらりと訪れては、迷惑なことに結構な確率で長時間居座る。いっそ業務妨害だと訴え追い出したいくらいだったが、初めてここに訪れたときと違い、一応今はれっきとした顧客だ。例えその会話の大半が刺青とは関係のない世間話で埋め尽くされていたとしても、無下にはできない。少年は店主として、相手が客である以上その素性に拘らず、飽くまでも客として扱うと決めていた。
それでも、この大柄な顧客は迷惑な存在だった。自分だけならまだしも、店主の腕を求めて訪れる他の顧客にまで、ほいほいと話しかけるのだ。お陰で仕事の話が中々進まないこともある。何せ、店主と客が図案について相談していると決まって口を挟んでくるのだから、やはり営業妨害も良い所だ、と少年は思う。そして、仕事の邪魔をしてまで出される話は、ほとんどが少年にとっては意味がないようなことばかりだった。
何故そのモチーフにしたいのか。どうしてこの店に来たのか。
大抵はこういった話題から入り、徐々に会話を広げて行く。これはその場における第三者である少年にしか判らないことなのかもしれなかったが、男のそれは、まるで尋問じみている、と感じられた。
最初は、本当に些細な話なのだ。だが、あの懐っこく落ち着く声音で巧みに話を誘導し、いつの間にか顧客の職業や住まいを、そして、もしかするとその性格や性質まで、彼は暴き出しているのかもしれない。そう感じるほどに、男はいとも容易く、秘匿するべき情報の数々をするりと抜き出して行った。
少年には信じられない。あんな、姿かたちさえ曖昧な存在に、そこまで己のことを話せるなど。
余りにも客が男に心を許すので、もしや彼らには男の姿がはっきりと認識できるのかとも思った。もやがかったように判然としないのは、自分だけなのかと。だが、それとなく話題に出せば、やはり客の方も男の姿をはっきりとは認識できていないようで、しかしそれを気にした様子もない。
正直、気持ちが悪いと思った。まるであの男が心を操る魔法を使っているようだ。他者の心の内に潜って、その全てを曝け出してしまう、そんな魔法を。
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