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第1章 かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
潜入6
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それは本当に数点だ。だが、その数点が非常に重要なのだろう。例えば、天井から下がっているランプの傘には飾りとして色とりどりの硝子玉が十数個嵌められているが、その内の一粒はルビーである。これほど立派な大きさのものであれば、リンカネット金貨百枚はくだらないだろう。バーテンダーの後ろに並ぶ酒の中にも、実は高価なものが紛れ込んでいる。上から二番目の棚の一番左端にある、埃を被った古臭い瓶。一見空き瓶にすら思えるそれは、銀の国にそびえる大山エルクの頂きにのみ存在する純度の高い氷を溶かして作られた幻の銘酒だった。それも、冬季の氷のみを用いた最上級品だ。季節を問わずに万年雪に覆われているエルク山の環境は常に過酷だが、冬季のそれは筆舌尽くしがたいほどに厳しく、地元の人間でも精々麓くらいまでしか足を踏み入れることはない。そんな中、山頂にまで登ってようやく手に入れることができる氷を用いて作られる銘酒中の銘酒が、何気なく棚に並んでいるのである。確かこの酒が製造されるのは、数十年に一度と言われている筈だ。およそ人が踏み入ることのできぬ冬のエルク山に行って帰って来られる者が数十年に一度しか現れないが故の、稀少な、そして恐らくはこの大陸で最も高価な酒だ。
なるほど。つまりこの店は、窓口の役割をこなすと同時に、試金石としても機能しているのだろう。となれば、男がすべきことは一つである。
カウンター席に座り、バーテンダーに微笑んで、ひとこと。
「そこの端に置いてある酒を一杯貰おうか」
男の言葉に、バーテンダーがぴくりと肩を揺らす。
「申し訳ありません、お客様。あの酒はディスプレイ用の空き瓶でして。それを証拠に、ほら、見て頂くと判ることですが、中身がないでしょう?」
「エル・アウレア」
務めて小さな声で零された男の呟きに、バーテンダーの動きが止まる。そして彼は、未だ微笑みを絶やさない男の顔を、まじまじと見つめた。
「銀の銘酒は奇跡のように透き通っているのが特徴だ。故に、この距離で中身の有無を判断することは極めて困難。手に取って見たとしても、素人では判断がつかぬだろうな。それにあのラベルからすると、もしや二十年ものではないか? いやはや、幻のエル・アウレアをこのような場で見つけるとは、私も運が良い」
その言葉に、バーテンダーがふわりと微笑む。柔らかな、それでいて何処か纏わり付くような笑顔だった。
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