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第1章 かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
潜入19
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やはりこう来たか、と思いつつ周囲を見回せば、いつの間にか増えているギャラリーが揃って、賭けに乗れと無責任に囃し立ててくる。ほら見たことか。案の定逃げることは許されない状況を作り上げられてしまっている。
どうせギャラリーの一部はサクラなのだろうなぁと悠長に考えながら、男はふたつ返事でディーラーの提案を飲んだ。元より逃げるつもりなどないのだから、ここで物怖じをする必要はない。
もう一度盤面を確認してから、稼いだ分と同じ枚数のコインを、赤のマスに置く。一際大きくなったギャラリーのざわめきを受けて、ディーラーが今まで以上に演技じみた動作でルーレットを回した。そして、男が見つめる先、回転する盤の中に球が投じられる。先ほどまでと変わらぬディーラーの手捌きに、しかし男は僅かに目を細めた。本当に些細なものではあるが、投じる際の動きに違いがある。それは恐らく、男だからこそ判った変化だろう。やはり、仕掛けてきたのだ。
一同が固唾を飲んで見守る中、その回転を緩めていく盤面の上を球が転がっていく。勢い良く走る球は、やがてひとつのマスに向けてその動きを鈍くしていった。
かた、と音を立てて球が、止まろうとする。そのマスは、確かに金色に染まる一マスであった。だが、ディーラーの勝利を確信したギャラリーが歓声を上げる寸前、黙って盤面を見つめていた男の瞳が、僅かに、まるで何かに目配せをするかのように動いた。刹那、
からり、という乾いた音とともに、球がゆっくりと転がり、金のマスの隣にあった赤のマスへと進んで、止まった。
たっぷり三秒後、ルーレット台を取り巻く周囲が湧いた。ディーラーは信じられないものを見るような目で呆然と盤面を見つめ、周囲にいたスタッフたちも皆、動揺したように視線を彷徨わせている。
「いやはや、どうなることかと心臓が早鐘を打ったが、これはツイている」
ほっと胸を撫で下ろすような動作をして見せた男がにこりと微笑むと、ギャラリーたちが次々と賛辞や祝いの言葉を投げかける。それらに丁寧に応えてから、男は若干顔色が悪くなっているディーラーを見た。
「さて」
「……いやはや、私の完敗です。お見事としか言いようがありません」
「いや、今日はたまたまツキがあっただけのことだろう。して、勝利金のことだが」
そこで言葉を切った男が周囲を見回してから、テーブルの赤マスに置かれていたコインを綺麗に半分に分ける。
「今日は随分と楽しませて貰ったからな。これの二倍の金貨が貰えるとして、それでは、その内半分はこのカジノに、もう半分は、共に楽しんでくれたギャラリーの方々で山分けを」
そう言って微笑んだ男に、今日一番の歓声が上がる。これ以上ないほどに気前の良い男の采配に、ギャラリーは大いに盛り上がり、ディーラーを含めたスタッフも感嘆と感謝の念を感じられずにはいなかった。
この一件は少しの間、貴族などの権力者の間でちょっとした伝説のように語られたのだが、不思議なことに、その場にいた誰もが、男の詳細な容姿を思い出せずにいたのだった。
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