アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第1章 かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
煌炎9
-
少年が残りの買い物を済ませている頃、のんびりと夜市の賑わいを楽しんでいた男は、ふと、異変に気づいた。
夜風が、ある。
周囲の人間たちは買い物に夢中で気づいていないようだったが、確かに、夜の風が肌を撫でたのを感じた。
それは明らかな異常事態だった。何故なら、貿易祭の会場は例外なく屋根の下だ。そして、錬金錬成によって生み出された装置を内包する屋根に覆われている空間では、その空間特有の空調設定がされており、外部の気候の一切が影響しない環境になっているはずである。だというのに、男の頬を撫でた夜気は、確かに外のものであった。
「……風霊。屋根の様子を見ることはできるか?」
小さく抑えた声で風の精霊を呼べば、風がふわりと男の髪を揺らした。
「空調機に何かしらの異常があったのやもしれん。だが、ギルガルドの、それも貿易祭の会場の装置が故障する可能性は限りなく低い。この交易の場は貿易国にとっての要だからな。ギルガルド王ならば、常に万全の整備を行っているはずだろう」
言外に、非常事態の前触れかもしれないと匂わせた男の言葉に、風霊がふわりと駆ける。そのまま天井へとその身を滑らせようとした、その時だった。
バキ、と大きな音を立てて、天井に亀裂が走った。同時に、会場を照らしていたライトが端から弾け、砕け散って行く。たちまち夜闇に包まれた会場に、今度は凄まじい悲鳴が響き渡った。急に暗くなったせいで闇に慣れない目では明確な判断はできないが、恐らくは、砕けたライトの破片が降って来たのだろう。至る所で次々に上がる悲鳴に、男の判断は早かった。
「風霊!」
強く呼ぶ声に、風の精霊が奔った。そこに詠唱などはなく、しかし精霊は男の思う通り、降り注ぐ硝子の破片の数々を風で包みこみ、会場の外へと運んで行く。だが、阿鼻叫喚は止まない。いや、それどころか、今度はまた種類の違う悲鳴が男の鼓膜を震わせた。そこに乗せられた恐怖と苦痛の色を男が察するよりも早く、群衆がわっと動き出す。まるで何かから逃れるように駆け出す人波に押されながらも、男は現状の把握に努めた。
半狂乱になって駆ける人の群れは、どうやら出口を目指しているらしい。長身を生かし、群衆が進むのとは逆の方まで視線を投げたところで、新しい悲鳴が耳に刺さった。比較的近くで聞こえた声に男が振り返れば、先程まで人々が向かっていた先に、巨大な何かが居る。
悲鳴が生まれた場所に居たのは、リアンジュナイル各地を旅してまわった男すらも見たことがない、何かだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
45 / 228