アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第1章 かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
煌炎20
-
だが、衛兵を呼ぶ声や魔物の凶悪な鳴き声、それに混じって所々に上がる悲鳴に、恐怖に呑まれる群れは、各々の生存本能に従うばかりで周囲など欠片も見てはいない。我こそが先にこの場を抜け出すのだと押し合い圧し合い、統率の取れない動きは余計に互いの移動を阻害する。それは、命の危機に瀕しているという人々の恐れをさらに煽った。
屋根と共に天井のライトが壊れたため、明かりらしい明かりは、店舗独自に置いてあった、それもまだ破壊されず無事であるライトくらいだ。夜の闇が侵食する空間では、例えこのような状況でなくとも動きにくいだろうに、こうあっては少年がまともに動けるわけもない。
各地から人が集まる貿易祭は、ともすれば町ひとつ分ほどの人口がある。その量が混乱の下一度に動けば、それはもはや一種の暴動に近いものがあった。人の多さや場の広さも相まって、実際にどこが危険なのか、魔物はどこにいて何匹いるのかも判らない。起きていることの全容を誰もが理解できないことも、人々の恐怖心に拍車を掛けているのだろう。
押し潰されてしまいそうだ、と不安になるくらいの人混みの中、掬われそうな脚をなんとか地につけて進もうとするものの、歳のわりに小柄な少年の身体は容易く埋もれてしまう。何度も人にぶつかって、夜市の戦利品を落としそうになっては庇うように抱えなおすのを、何回繰り返しただろう。
怒号に近い叫び声が遠くからも近くからも聞こえてくる度に、少年の脚は疎みそうになってしまう。腹の奥底から冷える心地がして、心臓を締め付けるような感覚が脚の動きを鈍らせようとする。ただでさえ他者と接触するのが苦手で今の状況など悪夢以外の何物でもないというのに、そこに大声まで重なってしまっては、手足に冷たい汗が噴き出てくる。
大きな声は好きではない。特に、怒りが混じった声は母親を想起させ、自分に向けられたものでなくとも心臓に針が突き刺さるような気持ちがする。ましてや声の主が女性であれば、なおのこと息苦しくなってしまうのだ。
少年は早くここから抜け出たいと、その一心でひたすら足を動かす。下手に流れに逆らうよりも、流されてしまったほうが群集の動きに乗じて場を抜けられるだろうと、押し出されるように進んだ。
一体何がどうなっているのか、それが少年にはさっぱりわからずとも、ここは仮にもギルガルド王の膝元である。その上この貿易祭はリアンジュナイル一の大市場なのだから、警備兵は多く駐在している筈だ。
(取り敢えず、この市場から抜け出さえすれば、きっと大丈夫)
半ば自身に言い聞かせるようにそう思って、またなんとか前に一歩踏み出した足で地面を捉える。時折他人の腕やら足やらが無遠慮に身体を打つが、それは致し方ない。昔を思い出す衝撃が頭を打ったときは流石にびくりと目を瞑ったが、現状においては、幼い頃の恐怖よりも魔物への恐怖の方が勝った。
そう、頭を打たれた衝撃に閉じた目を、再び開くまでは。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
56 / 228