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第1章 かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
煌炎21
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目を開いた少年は一瞬、何が起きたのか理解できなかった。だが直後、先ほどまでそこにはなかったはずの何かよく判らない汚泥のようなものや、赤を纏って宙空を飛んでいる何かが見えることと、見慣れた黒い布切れが視界の端へ消えていくのを認め、目に見えてざぁっと青褪める。
普段ならば見えない何かが見えるという事実が、己の右目が晒されてしまっているという状況を彼の頭に叩き込んできたのだ。
今しがた、誰かの腕だか手だかが少年の頭を打ったときに、同時に眼帯を攫っていってしまったのだろう。慌てて視界から消えた布きれを探して地面に視線を落とすも、見えるのは忙しなく動く人々の足ばかりで、どこにあるのか見当もつかない。
誰も気にしない。そもそもこの状況では、そんなものが落ちていることに気づく人間などいないだろう。少年の身体はそうしている間にも流され、眼帯を失くした場所から離れていく。
もしかすれば死ぬかもしれない、という事態に、普通ならば放っておけばいい話だ。命はひとつだが、眼帯なんて後でいくらでも買える。押されるまま流されるまま、出口を目指してしまえばいい。だが、
「――――ッ!」
許容範囲を越えた怖気に、しかし悲鳴は声にならず、その喉は引き攣り痛むばかりだった。
状況の理解が及んだ次の瞬間、少年は長い前髪と片手で咄嗟に右目を隠し、無理矢理に人の流れに逆らいだした。
それは濁流を遡るようなものである。今まで以上に腕が、足が、少年を強く打ち、邪魔な少年に対し、向かってくる視線はどれもこれもいっそ敵意すら孕んでいて、常の少年であれば貼りつけた笑みの下で酷く怯えてしまっていたことだろう。けれど今の少年にはどれもが目に入らない。そんなものよりももっと恐ろしい恐怖が全身を脅かしていて、それから逃げるためにただただ人の群れをもがくように泳ぐ。大切に抱えていた染料の入った袋を落とし、それが数多の人間に踏みにじられようとも、最早少年の意識の外だった。
心臓は胸を突き破ってきそうなくらいに早鐘を打ってぎりぎりと痛み、邪魔者をどかそうとする人々に右腕を弾かれるたび、目を隠す手が外れてしまいそうで、喉元まで吐潟物がせり上がってきた。勝手に打ち合わされてしまう歯はがちがちと音を立て、人混みにもまれた拍子に切ってしまった口内には、鈍い血の味が滲む。
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