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第1章 かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
幕間 揺り籠の魂2
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何の前触れもなく、揺り籠が強く揺すられた。幾重にも重なる壁が凄まじい音を伴って叩かれ、穏やかだった空気を震わせ残響が溢れ返る。
それは紛れもない騒音で、しかし同時に、天上の歌声のようだった。目を開けるまいとする『彼』の本能を揺るがせ、優しく、強く、その眠りからの覚醒を誘う、至高の音色だった。
ぱきり、と、小さな音が鼓膜を震わせる。本当に僅かなそれに、永久に閉ざされるべきその瞼が、伸びる炎色の睫毛が、まるで産声を上げるように、小さくふるりと震えた。優しく甘い音の羅列が『彼』の頬を撫で、そしてとうとう、蛹の殻を破った蝶が震える羽を広げるように、その両の瞼は、開かれてしまう。
炎を一杯に湛えた金色の双眸が初めて晒され、そして『彼』は見てしまった。『己』を囲う壁に開いたひび割れの隙間から零れる、暖かな陽を。
それは、手が届かないほど高くに開いた、本当に僅かなひびだ。けれど、『彼』の瞳はそれを認め、そして細く射し込む陽の光をその身に受けてしまった。
ああ、なんて暖かい。
そうあるべき時にそうあるようにと用意されたものではなく、間違いなく、魂から零れた感嘆。壁の向こうで生産された偽りとは異なる、正真正銘心からの感情。何を置いてでも誕生を阻むべき心が、ほんの僅かとはいえ、零れ落ちてしまった。そして、一度表に出てきてしまったそれは、真新しい亀裂の隙間をすり抜け、偽りに紛れて晒される運命にある。柔い陽の光に溶け出した本当は、微かだが確かに彼の全身を駆け、生まれ落ちた事実に喜び打ち震えた。
穏やかな光に滲む暖かさと甘さの正体を、きっと彼は知らない。彼には作り物しか与えられないから。だが、『彼』は知っている。故に、壁の向こうへと浸透する真実は。虚構の中にあって輝くひと欠片は。彼にそれを伝えるのだ。
『…………きれい……』
強固な殻を破って突き刺さる光は、炎を纏う魂 の一番深いところに、癒えることのない傷を刻み付けるようだった。
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