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第1章 かなしい蝶と煌炎の獅子 〜不幸体質少年が史上最高の王に守られる話〜
煌炎26
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「…………きれい……」
とろけるような声で呟かれた言葉の意味を、男は最初理解できなかった。
綺麗。それが美しいという意味合いの言葉であると認識し、同時に何に対して抱いたものなのかと内心で首を傾げる。
魔物が溢れる戦火にあって美しいものとは何だ。ここにはそんなものは存在しない。少なくとも、一般的に美しいと認識されるだろうものは、何ひとつない。ならば、この少年の言う美しいものとは。
そこまで考えたところで、男は少年の色違いの瞳に己が映っていることに気づいた。美しいといった彼は、恍惚とした表情で、真っすぐに男を見つめている。
では、美しいのは私か。
その可能性に至り、それが紛れもない事実だと受け止めた瞬間、男は身体の奥底からこれまでに経験のない何かが湧き上がるのを感じた。確かな熱を孕んで全身を駆け巡るそれに、彼は、生まれて初めて心の底から驚き、目を見開く。
こんなものは知らない。何故なら男の感情は、そのことごとくが欠落しているからだ。いや、欠落という表現は正しくない。男の感情は欠落しているのではなく、生まれる前から生まれるべきではないとされ、不要な廃棄物として処分されていた。
産声を上げることすら許されないそれは、しかし他者にそうあれと強制されたものではない。男自らが、他でもない己が生きるために、全ての感情の誕生を拒み続けていたのだった。代わりに男は、一般の感性であれば喜びを感じるであろう時には喜びの表情を、悲しみを感じるであろう時には悲しみの表情を浮かべるようにしている。幼い頃は、意識してその時々に応じた表情をしようと努めなければいけなくて随分疲弊したものだったが、今はもうすっかり慣れてしまった。それを証拠に、最早男が意識をせずとも冷静な脳がその場に適した感情を機械的に判断し、必要なときに必要な表情を用意し伝達してくれている。
故に、男が本心から何かを感じたことは一度もない。何故なら彼は、魂が抱く真の感情が己の命を脅かすものだと本能的に悟っていた。感情の欠片でも発露してしまえば、この魂は自らの器を焼き尽くしてしまうと、生存本能が知っていた。男自身がそれを認識することはないが、本能は確かに知っていたのだ。
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