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鈴白伊吹という人③
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鈴白が去った後、受け取った夕食の容器を持って部屋に帰ろうと食堂を出た。
しかし、どうしたことだろうか。寮と食堂は歩いて数分程度の距離であったはずなのに、一体自分が何処から歩いてきたのかも分からない。
右か、いや左かと食堂の前をうろついていると、こちらに近づいてくる足音が聞こえてきた。
「あれ?もしかして唯?」
「お前は…」
「お!やっぱそうじゃん!なにしてんの?」
辺りが暗くて暫く顔が見えなかったが、近づいてくるにつれてそれが今朝自分の前の席に座っていた人物だと気がつく。
「ああ…お前か。」
「お前って酷いな〜もう名前忘れたのかよ。」
「…忘れた。」
「えっ嘘だろ?!竜馬だよ、星野竜馬。呼ぶ時はリューマでいいよ。」
記憶力に自信はある方だが、興味がないことはとことん覚えられない。現に今も寮への帰り道を忘れているところである。
「星野か、お前こそなんでこんな所に。」
「……俺は仕事終わりで飯間に合わないから、取り置きをもらいに来たところ。唯も同じ?」
「ああ、まあ…」
「おっ、もう貰ってきたのか。ここの飯うまいから楽しみにしとけよ!じゃあな。」
星野は食堂に向かっていくが、俺はどうしても動くことが出来なかった。どうせなら早く行って欲しいが無闇に歩いて道を間違えたらまた出会してしまうかもしれない。
「…あれ、帰んないの?」
「うるさい、さっさと行け。」
「もしかして帰り道分からないのか?」
「……別に。」
「じゃあ俺取り置きもらったらすぐ戻ってくるからここで待ってろ。」
余計なお世話だと言おうとしたがその時にはもう遅かった。無視して帰ることも考えたが、それは得策でない。
仕方なく星野が戻ってくるまで食堂前で待つことにした。
「お待たせ。じゃあ行こっか、唯はどっちの寮?」
「柳寮。」
「そっかー、残念」
何が残念なんだと聞こうとしたけれど、そんな質問も無駄な気がして何も言えなかった。道を覚えていないことは自分に非があるが、これ以上の過干渉は避けたい。
「俺、青葉寮なんだよね。今度遊びに来いよ。」
「そうか。じゃあ青葉寮に行くことはないだろうな。」
「クラスメイトなのになんでそんなに冷たいんだよ?」
「お前こそ初対面のくせに馴れ馴れしい。」
先程の自分が鈴白にとった態度を思い出す。馴れ馴れしいのは自分の方ではないか。
「なんだよせっかく案内してやってるのに。」
「あ、そうだ。」
「なに?」
「英語の教科書、後で返す。」
過干渉はしないと決めていたのに、こいつにはまた借りを作ってしまった。一体どうやってこの借りを返せばいいものだろうか。
「あー、忘れてたわ。じゃあ折角だし部屋見せてくれよ。」
「は?なんでそんなこと…」
「教科書貸してやって、道案内までしてやったのに…」
なんて恩着せがましいやつ。そう思ったが、本人は冗談のつもりで言っているに過ぎないのだろう、笑いながらこちらの反応を楽しんでいる。
「…分かった。今日が最初で最後だからな。」
星野の案内で柳寮へ着くと、自分が住んでいる寮では無いのにも関わらず、星野はズカズカと先に玄関へ上がっていった。
受付の席に座っていた寮監の職員は、そんな星野の肩をガシリと掴む。
「ちょっと、星野くん。君青葉寮の生徒だろ。」
「げ、なんで分かったの?」
「有名人なんだからウチの寮じゃないことくらい知ってるんだよ。ほら、入るならちゃんと訪問ノート書いて。」
星野は渡されたノートを渋々書いてまた寮監に突き返す。寮監はそのノートを確認すると、首から下げるカードホルダーを星野に手渡した。
「寮内を歩く時はそれを首から下げること。あと門限の30分前には退出すること。それまでに出なかったら放送で呼び出しだからな。」
「あーわかりましたわかりました。」
確かに寮則には別の寮に入る場合のルールも細かく記されていた。だからこそ星野が堂々と中へ入って行くのが不安だったのだが、どうやら手続きが面倒で誤魔化そうとしていたらしい。
「唯の部屋何階?」
「…4階。お前、教科書返したらすぐ帰れよ。」
「えーなんで?せっかく取り置き貰ったんだから一緒に飯食おうよ。」
つくづく面倒なことになってしまった。こんなことなら教科書を借りなければ良かったとも思うが、そうなると今日は食堂から寮に帰ることが出来なくなっていたかもしれない。
これもまた巡り合わせ、父親がよく口にしていたが、他人との出会いがこの先自分の人生を変えるとは到底思えなかった。
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