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名前の呪い
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通路を歩く間、またしてもすれ違う生徒にやたらと見られている気がした。
理由を考えてみたが、そういえばこの星野という男は有名な芸能人だったということを思い出す。
「…お前って、そんなに有名なのか。」
「まあな!普段からテレビ見てる人ならファンじゃなくても顔と名前くらい知ってるレベル。」
「ふーん…ついたぞ、ここだ。」
「反応薄…お、角部屋じゃんいいなー。」
部屋の扉には430という部屋番号と、小笠原唯というネームプレート、そしてその隣には空白のネームプレートがあった。
部屋の鍵を開けるが、星野は扉の前から離れようとしない。
「何してるんだ、早く入れ。」
「悪い悪い、そんな怒るなよ。」
ため息をついて部屋の電気をつける。そして部屋の隅に置いたバッグから借りた教科書を取りだした。教科書には「星野竜馬」という名前と、その上にローマ字で同じ名前が書かれている。
「リョウマじゃなくてリュウマだったのか…。」
「さっきリューマって呼んでいいって俺言ったよな?本当にお前人の話聞いてないのな。」
お前にだけは言われたくない。そう心の中で悪態をつきながら教科書を返す。
「教科書は返したからな。飯を食ったらさっさと帰れよ」
「冷たい奴だなぁ、同クラなんだし話でもしようぜ。」
「お前と話すことなんてない。」
「俺はお前のこと色々知りたいのに…。」
ぶつぶつと不満を垂れながら星野は床に胡座をかいて座った。床に座ることなどしたくはなかったが、流石に客人が来ているのに自分だけ勉強机に腰掛けることなどできず同じように胡座をかく。
「あ、手を洗わないと。」
「手?俺自分の部屋出る前に洗った!」
「はあ?外に出たら洗うのが当たり前だろ。」
取り置きの容器に手をかけていた星野の腕を引っ張り、無理やり洗面台に連れていった。
そこで、ようやく大事なことを思い出す。
「あっ…風呂…!」
「アフロ?」
「違う!うわ、最悪だ…。」
お湯が出ないことを鈴白に相談しようとしていたのに、話の気まずさのせいで完全に忘れてしまっていた。あんな微妙な雰囲気で別れたのにまた部屋に行って聞きに行くなんて出来るはずがない。
不思議そうに何があったのかを尋ねてくる星野に、今置かれている状況を詳しく話した。
「そんなん気にしないでイブ様んとこ行きゃあいいのに。」
「できない理由があるんだよ…色々と。」
「そんなに風呂入りたいなら水風呂でもいいんじゃね?」
「冷たい水で体の垢や頭皮の汚れを落としきれる気がしないんだよ!俺にとっては死活問題なんだ!」
目をこれでもかと言うくらい見開いて星野の方を見ると、星野は手を洗いながら吹き出して笑い始めた。
「何がおかしいんだよ、こっちは本気で困ってるんだぞ。」
「ごめん…なんか、唯って面白いんだな。」
「はぁ?なんだよそれ…もういい、観念して後で鈴白先輩の部屋に行く。」
「それがいいよ、あの人気持ち悪いくらい優しいし大丈夫だろ。」
鈴白が気持ち悪いくらい優しいという表現はとてもしっくりくる。確かに、あの優しさは気持ち悪ささえ感じる。あの優しさは、純粋な親切心とは違う何かがあるような気がしたのだ。
手を洗い再び床に座り込み、ようやく取り置きに手をつけた。少し冷めてはいるものの、蓋を開けると美味しそうな匂いが鼻をかすめる。
「…いただきます。」
「唯ってそういうとこちゃんとしてるんだな。」
「はぁ?普通だろ別に。」
「だってすぐそうやってはぁ〜?とか言うし、俺にありがとうの一言も言わないし!…別に感謝は強制するもんじゃねえけどさぁ。」
一瞬自分の真似をされたような気がするが、あまりにも似ていなくて少し苛ついた。しかし感謝の言葉を星野に述べてないのは事実であり、言わなければならないことも承知の上だった。
「教科書と道案内は、正直助かった…から、その…ありがとう…これでいいか?」
なんだか小っ恥ずかしくてつい俯いてしまう。馴れ合いたくないと思っていた相手と何故今こんなふうに二人で話をしているのか自分でもわからない。
「うーん、及第点だな。」
「うるさい、もう言わないからな。」
恥ずかしさを隠すように割り箸を割って夕飯に手をつける。床に座って食べるというのに抵抗があり、体育座りをして自分の膝の上に容器を載せながら食べた。
「どう?うまいだろ、食堂の飯。」
「うまいけどお前が自慢げに言うことじゃない。」
「相変わらずだなぁ…。」
二人とも食べ始めると、部屋の中は静かになった。咀嚼音だけが部屋に響き、話したい訳でもないが気まずくて何をしていいのか分からない。
「そういえば唯って、なんで唯なの?」
「はぁ?ロミオとジュリエットのつもりか?」
「え、なにそれ?」
「お前…役者のくせにロミオとジュリエットも知らないのか。」
少しムキになって返したが、それよりも自分の勘違いで滑ってしまったようで冷や汗が止まらない。無理に他人と会話なんてするものでは無いと改めて強く思う。
「俺が聞きたいのはロミオとナントカっていうのじゃなくて、唯の名前の由来!」
「由来か、知らないな。」
「嘘つくなよ、小笠原先生だって息子と仲良いって自慢してたんだぞ?仲良いなら由来くらい聞いたことあるだろ。」
小笠原先生というのは俺の父親のことだろう。そういえば今朝も雑学番組で共演したなんてことを言っていたかもしれない。医者なのはわかっているが、どうも先生という呼び名は耳に慣れなかった。
両親のことは尊敬しているし好きだ。けれど、他人に事実を伝えるのは少し躊躇してしまう。後で説明するのがややこしいと思いながらも、何故か星野になら打ち明けても大丈夫だと脳が判断し、いつの間にかその先の言葉を紡いでいた。
「…嘘じゃない。今の父親とは血が繋がっていないからな。」
案の定、部屋はしんと静まり返ってしまった。
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