アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
まるでスプーンのようだ
-
10分くらい電車に揺られ、最寄り駅に到着した。
和やかにおしゃべりしながら歩いていると、学校の周りをぐるぐる走っている体操服の集団を見かけた。
「朝練じゃん。佐瀬はいないの?」
椿原がのんきにそんなことを言った。
「あれは野球部だよ。全員坊主じゃん」
「全員坊主の陸上部がいたっていいでしょ」
「佐瀬が剃ったら泣くよ俺…」
「知らんがね。勝手に泣いてろよ」
「ツバキが冷たいぃ!」
運動場をチラ見しながら校舎へ向かう。
坊主じゃない爽やかおしゃれヘッドの佐瀬が高跳びをしていた。
「ほらごらん。佐瀬はあんなに美しい。まるでよく磨かれたスプーンのようだ」
「人をカトラリーでたとえてるヤツ初めて見たよ」
「仕方ないなあ。ツバキもたとえてあげよう」
「ならせめて有機物がいい」
「うーん、ツバキは…やっぱり椿の花っぽいよね」
「名字に引っ張られてるだけじゃん!」
「それはある。でもフェロモンも花みたいな甘い香りがしたし」
「実際の椿ってほとんど香りがしなくない?」
「あっ、たしかに…!」
言われてみればそうだ。結局あれは、椿の匂いじゃなくて椿原の匂いってことか。
「椿の花言葉、知ってる?」
椿原はふと聞いてきた。
「え、知らない。何?」
「俺も知らない」
「じゃあなんで言ったのさ。気まぐれ野郎め」
下駄箱で靴を履き替えようとしたら、久しぶりに手紙が入っていた。
「う、うわ!ツバキ!手紙だよ!佐瀬かな?!」
「君らまだ連絡先交換してないの…?」
「してない!なんか古風でいいよね!」
「知らんけど、川名が楽しいならいいんじゃない?」
ウキウキしながら開けると、やはり佐瀬からだった。
『昨日はおかしくなっちゃってごめんね。もしよかったら、今日こそいっしょに帰りたいな』
「ひゃっはー!肉体的には近づけないけど、精神的には近づいてるみたいだぜ!」
ガッツポーズで喜ぶ俺の横で、椿原は冷静に手紙を覗いている。
「大したこと書いてないのに、手紙だとなんか親密感出るね」
「でしょ!やっぱりこれでいいんだよ!佐瀬のラインとか、知る必要ないわけよ!」
「わざとだったりして」
「え?」
椿原はにやりと笑った。
「佐瀬は川名のことが好きで、どうにか落とそうとしてこんな手段をとってるのかもしれない」
「いやいや…佐瀬はそんな策略巡らすタイプじゃなさそうだし、俺のこと好きとか、ありえない」
「どうしてありえないの?」
「だって俺、なんの魅力もない至って普通のβの男だよ?佐瀬なんかが俺を好きになるはずがない」
「言い切るねぇ」
「よく考えてみろよ。αの男とβの男が付き合うメリットなんて1つもないんだよ?番になれない、フェロモン出ない、子ども産めない」
「だからΩがうらやましいの?」
「そういうこと」
「ふーん…」
椿原は急に顔をそらした。
「どうかした?」
「…中学の頃の川名は、αとかβとかΩとか、そういうの全然気にしてなかったのにね」
「あはは、そうだっけ?」
とりあえず笑ってみたけど、椿原は笑ってくれなかったから、なんとなく滑った感じになってしまった。
「性奴隷とか言い出したのも、そのせい?」
「え、どうした急に?」
「本当は、普通の恋人になりたいんじゃないの?」
「違うよ!エロ100%だって。セックスさえできれば満足なんだよ」
「そうやって自分の気持ちをごまかしてるんでしょ?佐瀬のこと、好きなくせに」
「ごまかしてなんてないよ」
「フラれるのが怖いんだ?フラれても傷つかないように、予防線張ってるんだよね」
「なんでツバキにそんなこと言われなきゃならないの?」
我慢できなくなって、ついそう言ってしまった。
「………」
「ツバキに俺の何がわかるの?」
椿原は黙って俺を見ている。ひやりとした空気が漂う。
だめだ。感情的になってしまった。
こういう話はしたくなかったのに。
「なーんちゃって。あはは。ごめんね、ツバキ。なんか色々心配させてるみたいで」
「…俺、先に行ってる」
椿原はそうつぶやいて教室へすたすたと向かっていった。
ついていったらいかんやつだな、と思い、下駄箱にもたれて一息ついた。
佐瀬のことが好きなのか?
…正直、よくわからない。
佐瀬と付き合いたいなんて、全く考えてなかった。αとβの男に未来なんてない。ただその体に触れたかっただけ。
椿原の言う通り、俺は自分をごまかしているんだろうか。
愛と性欲の間にはどれくらいの距離があるんだろう。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
13 / 84