アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
作戦
-
スマホを宝物のように握りしめて家に帰り、佐瀬に「こんにちは!」と送ってみた。内容なんてなんでもいいのだ。佐瀬に気軽にメッセージを送れるというこの環境に浸りたい。
数時間後に来た佐瀬の返事は「こんばんは!」だった。嬉しい。中身のない言葉のやりとり最高!
明日椿原に報告しよう。今日はけんかみたいになっちゃったけど、寝て忘れて元気よくあいさつすればオーケーだ。
…次の日。
なんだか上手く寝つけなくて、あんまり忘れられなかった。気まずいままだ。でも俺が話しかけないと、椿原からは来てくれないかもしれないし…。
いつもの電車に乗ってないなと思ったら、椿原は先に教室に着いていた。避けられてるんだろうか?
こそこそと自分の席に座ってぼーっと後ろ姿を眺めていると、突然くるっと後ろを振り向いた。
「あ、川名。おはよう」
「あ…おはよう」
椿原は案外けろっとした様子で俺の席まで歩いてきた。
「ツバキ、今日早く来たの?」
「うん。なんか早起きしちゃったから」
「そっか。…えっと、昨日のことなんだけど…」
再び謝ろうとしたら、椿原は俺の話を遮って話し始めた。
「川名、いい方法思いついたよ。佐瀬に椿香水を効かせる方法」
「…え?!まじで!」
昨日のことはなかったことになったのか…?と少し気になりながらも、椿原の提案に心が持っていかれる。
「佐瀬は椿香水が効いてないわけじゃない。たぶん、佐瀬の体内で、性欲が運動に置き換えられてしまってるんだよね」
「うん。そう思う」
「だから、佐瀬をめいっぱい運動させて、疲れきった状態で椿香水をかがせれば、運動しようにも体力がなくなってて、行き場を失った欲望は性欲の方に戻ると思うんだ」
「…なるほど?」
たしかにそうかもしれない。いくら佐瀬でも、疲れていたら走れないはずだ。
…しかし。
「佐瀬、普段の部活じゃ全然疲れてなさそうだよ。一体どうやってその状態に持っていくの?」
「一緒に走ってみたら?」
「無理でしょ。佐瀬がへとへとになるまで一緒に走ってたら俺は死んでる」
「いや、最初だけ伴走するんだ」
「…うん?」
「途中で疲れた走れなーいとか言っておんぶして家まで連れて行ってもらえばいい」
「な…なるほど!佐瀬は俺をおぶって疲れる!俺はオートで家まで帰れる!そして家に帰ったら誰にも邪魔されずにセッ…!」
「そういうこと」
「さっすがツバキさんだぜぇ!」
最高だ。そもそも今までは学校でやろうとする時点で間違ってたんだ。これなら仮に失敗しても、誰かに俺の処女を掠め取られる心配はない!
椿原はにっこり笑って椿香水を取り出した。
「はい。これ、返すよ」
「よっしゃあ!これで俺は佐瀬の性奴隷だ!」
「応援してる。…でも、忘れるなよ」
「ん?」
「俺は、川名は性奴隷じゃなくて恋人になればいいと思ってるし、なれると思う」
「………」
「βとかΩとか、関係ないよ」
「…わかった」
嘘をついた。
椿原は自分が思っている幸せに俺を当てはめているだけだ。
俺は身分違いの恋なんてしたくない。
「佐瀬、喜ぶだろうな。一緒にランニングしようなんて言われたら」
「たしかに。…あ、そうだ。早速ラインしてみよう!」
「ついに連絡先交換したんだ」
「そうなんだよ!昨日も『こんにちは』とか送っちゃって」
「なんて返ってきたの?」
「『こんばんは』って!」
「驚くほど中身がないな」
「ははっ…あー、やっぱり落ち着くな」
「何が?」
椿原との下らない会話が好きだ。楽しくて、安心する。
「なんでもない」
「何それ…って、あれ…」
「ん?」
椿原は廊下の方を見て、中途半端に立ち上がった。俺も目を向けてみたが、何かあるわけでもない。
「どうかした?」
「蜂谷がこっち見てた気がしたんだけど、すぐ消えちゃって」
「蜂谷…?どうしたんだろ」
「川名を刺す隙をうかがってるんじゃない?」
「暇人め」
「蜂谷にとっては危機だからな。自分のヒーローがぽっと出の下品な男に取られてしまうかもしれないという」
「…え?俺の立場って『ぽっと出の下品な男』なの?」
「まさしく」
「ひどいなツバキー!こんなにも純粋な男のことを」
「言ってろ」
椿原はふふんと笑って自分の席へ戻った。
「えー、みなさんご存知の通り、人間にはαβΩの違いがあります。まずβは、1番多い性です。大した特徴はありません。αは人数が少なく、才能に恵まれてカリスマ性の強い者が多いです。Ωはさらに人数が少なく、数ヶ月に1度、ヒートと呼ばれる発情期が訪れ…」
教師の淡々とした口調のせいで、思わずあくびが出る。
1時間目はオメガバースについての授業だった。性教育というやつだ。そういえば去年も同じような時期にやっていた気がする。
「…では、今から各性別についてさらに詳しく解説するので、性別ごとに教室をわかれて向かってください。βはこの教室のまま、αは…」
へー。わざわざ分けるんだ…。
なんとなく椿原を見ると、とてつもなく不機嫌な顔をして教室を出ていった。
…うん。後で話を聞いてあげよう。
「βの皆さんは基本的にαには勝てません。進学、就職、結婚、あらゆるタイミングでαとの差を感じることでしょう。でもそれは仕方のないことです。DNAには逆らえません」
βだけになった教室で、教師は語り続ける。
「αに追いつくためには、運と努力が必要です。あまりないことですが、努力をし続ければ、αと同じくらいの働きができるようになったり、αの異性と結婚して勝ち組ルートに乗ることも可能です。でもそれは、平凡な才能しか持ち合わせていないβにはとてつもなく困難な道です」
…どうしてこんなに貶されているんだろう。言葉がまるで呪いみたいに、体に刻み込まれていく感覚がする。
「でもまあ、Ωよりはマシです。Ωはどれだけ頑張ってもαには追いつけません。ヒートによって、学業にも勤労にも多大な悪影響が及ぼされるからです。また、性犯罪に巻き込まれるケースも多いです。ちなみに被害者がΩで加害者がαだった場合、基本的に不起訴となります。Ωはエリートαの番になることだけが、どん底から這い上がる唯一の方法なのです」
番になること…か。
過去の嫌な思い出が蘇ってきそうになり、頭を強く振った。
誰が何と言おうと、俺はΩがうらやましい。αと…佐瀬と、特別な関係になれるから。番の関係から、βは弾き出されている。どう頑張っても入り込むことはできない。
その後避妊について等一通りの説明がされ、授業は終わりとなった。
「ツバキ〜」
休み時間に椿原の席へ向かうと、すっかりふてくされていた。
「本当意味わかんない。なんで教室分けて説明するんだろう。差別が助長されると思わないのかな」
「んー…たしかに」
「自分以外の性別についての知識もちゃんと教えないと、相手を尊重することなんてできないよ。こんなんだから、Ωがヒートのせいで事件に巻き込まれても、自己責任でなんとかしろって言い出すやつが出てくるんだよ」
「大変なんだな…」
なんと答えていいかわからなくて、そう言うしかなかった。
俺のそんな気持ちを汲み取ったのか、椿原はさっと笑顔になった。
「そんなことより、佐瀬はどうなった?ランニングのこと、言ってみた?」
「あ、うん!週末にやることになった。佐瀬の家の近くに大きい公園があるから、そこで走ろうって」
「おーよかったじゃん。じゃあ佐瀬ん家でセッ…!」
「セッ…!」
「ははは。上手くいくといいね」
セックスは楽しみだけどランニングは憂鬱だ。俺は50メートル以上走ることができるだろうか。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
16 / 84