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当て馬
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特に何も約束はしてないけれど、帰りは佐瀬の部活が終わるのを教室で待つことにした。『何の約束もないのに待っていい関係、それが恋人!』と椿原に自慢したら、連絡した方が確実に会えるじゃないかと現実的なことを言われてしまった。
そうじゃない。そうじゃないんだツバキ。
本当は運動場で見学しながら待ってみたかったけど、蜂谷と揉めそうだし暑いからやめた。
待っている間暇だろうと思って、佐瀬とのお付き合いの参考になりそうな資料も持ち込んだ。万全の態勢である。
「ふーむふむふむ」
この資料はとても参考になる。佐瀬との未来にはこんな素晴らしいことが待ち受けてるんだろうか。…しかし、のこのこやってくる当て馬には注意だな。
ガラッ。
「……川名」
もはや毎度お決まりのような感じでドアが開き、由比が立っていた。
「おーゆいゆい。今日もツバキの椅子の匂いを嗅ぎに来たの?」
「………」
佐瀬は無言で諦めたようにため息をつくと、俺の隣の席に座った。
「嗅がなくていいの?」
「…嗅ぐのはもうやめたと言っただろう」
「え、じゃあ何しに来たの?」
「この教室に入りたかっただけだ。……ちょっとでも近づきたくて」
「いや、遠いよ!全くもって近づいてないよ!」
「俺の勝手だろ。そっちこそ、何で最近よく残ってるんだよ」
由比は無理にでも話を逸らしたいらしく、理不尽に不機嫌な口調で問い詰めた。
「いやー聞いてよ、ゆいゆい」
「由比だ」
「ついに俺、佐瀬の彼氏になったんだーー!」
盛大に自慢すべく、立ち上がって手を広げてみた。
由比は一瞬目を見開いたが、すぐに呆れ顔に戻った。
「…ああ、妄想か」
「いや、現実だって!この前の日曜から付き合ってる」
「よかったな」
「うわ信じてない…ま、いいけどさ」
由比が信じなくとも、俺と佐瀬が付き合ってることは確かな事実だ。
「そんな浮かれた本読んでるから妄想にとりつかれるんだろ」
「ん?ああ…これ!」
由比は俺が読んでいたBL漫画を顎で指した。
「これね、参考にしようと思って。俺と佐瀬の薔薇色の生活の」
「そんなの参考にしたらろくなことにならないぞ」
「うるさいなー。ねえねえ、俺と佐瀬ってどっちが攻めでどっちが受けかな?」
「好きにしろよ…」
由比は呆れたようにそう言った。
「冷たいなー。ゆいゆい暇でしょ?ちょっと聞いてよ」
「暇じゃないけど、何だ?」
「この本によると、上手くいきかけてるカップルの前には当て馬が現れるみたいなんだよ」
「はあ」
「これってやっぱ蜂谷のことかな?蜂谷は一生懸命俺の邪魔をしようとしたけど、結局、俺と佐瀬が結ばれるきっかけになってしまった!」
「…よく知らんけどさ、」
由比はBL漫画の表紙をぼんやりと眺めている。そして、予想外の言葉を口にした。
「お前が当て馬なんじゃないのか?」
「………え?」
「そういう漫画って、αとΩが結ばれるもんだろ?佐瀬と蜂谷が結ばれるための当て馬として、お前が存在してるんじゃないの?」
「なっ………」
今まで、由比との口喧嘩で負けたことなんてなかった。何の言葉も出てこないなんて、これが初めてだ。
由比も俺の異変に気づいたのか、少し興奮した様子で畳み掛ける。
「残念だな、川名。当て馬だって、誰も自分が当て馬だとは思っていない。お前がβである限り、その漫画の表紙は飾れないってことだ」
「…また、性別の話か」
俺はBL漫画を放り投げた。
由比の言う通りだ。主役はいつも、αとΩ。そりゃそうだ。βを主役にするなら、オメガバースにする必要がない。
「じゃあ、お前はどうなんだ?」
現状を噛み締めた俺は、反撃に出た。
「由比はツバキに話しかけることすらできないじゃん。主役どころか当て馬にもなれない、ただ残り香を追うだけの気持ち悪い男のくせに」
「きも…っ」
由比の余裕そうな表情が、俺の一言で途端に崩れた。
「え、気持ち悪いか?俺、気持ち悪い?!」
「キモい変態」
「ぐうぅ…」
由比は悔しそうに拳を握った。
「…悪かった。ここは漫画じゃなくて現実だ。佐瀬がお前を好きになることもありえるし、お前が付き合ってるって言うなら付き合ってるんだろうな」
「そうそう。付き合ってるんだよ。…まあ、俺のことを好きなわけではないらしいんだけど」
「はあ?どういうことだ」
「さあ…。結局つかみどころがないからな、佐瀬は」
運動場に目を向けると、佐瀬は楽しそうに蜂谷と会話していた。
何を話してるんだろう。佐瀬は俺とのことを蜂谷に伝えたんだろうか。中学一緒らしいけど、ずっと仲が良かったのかな。
どんどん気になることが増えてくる。蜂谷には完全に勝ったつもりだったのに、由比のせいで不安な気持ちが生じてしまった。
「あー……川名、今週土曜、暇か?」
「えっ??」
唐突にそう聞かれ、由比を見ると、なんだか照れ臭そうな表情をしていた。
「暇だけど、由比と一緒に過ごす予定はない」
「おいなんだそれは。俺だってそんなのお断りだ」
「じゃあ何で聞いてきたのさ」
「土曜、市営グランドで陸上の地方大会が行われるらしい。暇なら見にきたらどうだ」
「えー!そうなの?!行く!」
一気にテンションが上がった。佐瀬のかっこいい所が見られるチャンスだ。絶対に行きたい。
「でもなんで由比が知ってるの?」
「妹が出るから、応援に行く予定だ」
「へー…じゃあ、ツバキも誘って見に行こうかな」
「は?!やめろ!」
由比は焦ったように叫んで立ち上がった。
「なんでそんなにびびってるの?好きな子と仲良くなるチャンス作ってあげようとしてるのに」
「そういう気遣いは結構だ。俺は椿原の視界に入るつもりはない」
「ええ?意味わからんな…」
「絶対呼ぶな。絶対だぞ」
「おー…」
わかった。これはフリだな。呼ばないといけないやつだ。
「絶対、呼ぶなよ!」
「わかったわかった」
「本当にわかってるのか?絶・対・に!」
「大丈夫。ちゃんとわかってる」
「お、お前〜…」
絶対に椿原を連れて行こう。
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