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嫌になった
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佐瀬が住んでいたという家は、現在の佐瀬の家からさほど遠くはない場所にあった。古くて小さなアパートで、ポストには確かに佐瀬と書かれている。
考えたくないけど、椿原はきっと佐瀬の部屋にいるのだろう。そう思ってポストに書かれている部屋番号の部屋に行き、チャイムを鳴らしてみた。
「………出ないな」
思い切ってドアノブを回してみると、あっさり開いてしまった。
「ツバキー?」
部屋の奥に向かって呼びかけてみたけど、返事はない。不法侵入になるけど、椿原が心配だし、ここまで来たんだから行くしかないと言い聞かせ、一歩足を踏み出した。
「おじゃましま……うわ…」
部屋に入ってみて、あまりの汚さに言葉を失った。玄関は靴が散乱していて、入ってすぐのキッチンには大きなゴミ袋がででんと大量に置かれており、そこらじゅうにペットボトルとお酒の缶が転がっている。流しはインスタントラーメンのゴミでいっぱいになっていた。
「これは…ひどいな…」
圧倒されながらも奥へ進み、閉まっている扉に手をかけた。おそるおそる扉を引くと、風がさっと通り抜け、明るい光が差し込んだ。
「やあ、景太」
半分物置のようになっている狭い部屋で、佐瀬が段ボール箱に腰掛けていた。
佐瀬はやけに澄んだ瞳で笑顔を浮かべている。さすがに俺も学習した。佐瀬は嬉しくても怒っていても悲しくても常に笑っている。だから今どんな感情なのか…全くわからない。
「どうして来たの?」
「ツバキは?」
「ツバキくんがどうしたの?」
「さっき、ツバキからメッセージが来て、ここの地図が貼られてて…」
「ああ。そうだね」
佐瀬はポケットからスマホを取り出した。 少し小さめのサイズで、赤いカバーがはめられてる。あれは、椿原のスマホだ。
「え…なんで?翔也がもってるの…?」
「どうして来たの?」
佐瀬はスマホを弄びながら質問を繰り返す。
「俺、何度も言ったのに。ツバキくんとは関わらないでほしいって。それなのに、一本ラインが来ただけで、景太は現れるんだね」
「いや、だって…『たすけて』だよ?そりゃ俺も、『マック食いに行こう』とかだったら行かないよ。でも『たすけて』って来て、その後連絡とれないし、何かあったのかと思うじゃん」
「何があっても行かないでよ。結局景太は、まだツバキくんのことが好きなんでしょ?だから来たんだ」
「何でそうなるの…?」
俺は佐瀬が好きで、佐瀬は俺が好き。単純な両思いのはずなのに、どうしてこじれかけているのか。
「それに、ツバキはどこにいるの?あのメッセージは、翔也が打ったんだよね?」
「ツバキくんの居場所なんて、どうでもいいじゃん。俺がここにいるんだから」
佐瀬は段ボール箱から立ち上がり、俺のそばに寄って腰に手を回した。
「ご…ごめん。今は先にツバキのことを教えてよ。なんで翔也がツバキのスマホ持ってるのか。ツバキは無事なのか」
「………」
佐瀬は唇を噛み、俺をじっと見つめている。
「景太はツバキくんが好きなんだ」
「違うって」
「じゃあ、付き合ってた時は?昔のツバキくんと今の俺、どっちのが好き?」
「はあ…?何それ…?」
突拍子もない問いかけだと思ったが、佐瀬はいたって真面目な様子だ。何も答えずにいると、佐瀬は俺の頬をすりすりと撫でながら質問を続けた。
「ツバキくんとはどうして別れたの?景太がフラれたの?」
「まあ…そうだけど…」
「いつ?」
「高校入る直前。そこからしばらく口きいてなくて…」
「そっかあ…それかあ…」
「え…どうした?」
佐瀬は大きく息を吐いた。そんな反応をもらうとは思っていなかったから、内心首を傾げる。
「それで、悲しそうだったんだ。友達といる時は元気なのに、一人になると時折すごく寂しそうな悲しい表情をする。それってツバキくんと別れたからだったんだね」
「翔也…?」
「俺が好きになった景太は、ツバキくんのことで頭がいっぱいだったんだ」
佐瀬は壊れたような笑顔を浮かべている。なんとかしたいと思うのに、どうしたらいいのかわからない。
「よく、わかんないけど…ツバキとはとっくに別れてるんだよ?俺が好きなのは翔也だけだってば」
「だけど景太は、ツバキくんと絶交してはくれないもん。嫌い、嫌い、大っ嫌い。ツバキくんなんて、消えてなくなっちゃえばいいのに」
佐瀬は段ボール箱を蹴っ飛ばした。箱は横倒しになり、中からアルバムのような物が飛び出した。
「ごめん…」
「陸上は、練習すればするほど楽しかったのに、景太のことは好きになればなるほど苦しくなる。なんでだろ」
佐瀬は床に散らばったアルバムをぼーっと眺めている。
「お願いだから教えて。ツバキは無事なの?」
「さあ」
「把握してないの?」
「ツバキくんは自宅で寝てるよ。睡眠薬を飲ませて、手首をベッドに縛った」
「………え?」
まさかの告白に耳を疑った。そんなのどう考えても犯罪じゃないか。自宅にいるのはよかったものの、ツバキがどんな思いをしているか…。
「景太の心の中が知りたかった。俺とツバキくん、どっちを優先してくれるのか」
「翔也はどうして俺を信じてくれないの?他の人を傷つけてまで、俺のことを試したいの?」
「景太を愛してるから」
佐瀬の腕が俺を抱き寄せようとしたが、俺は思わず一歩引いた。
「景太?」
「…怖い」
「何が怖いの?」
「翔也だよ…」
俺がそう漏らすと、佐瀬は距離を詰め、手を握った。
「ごめんね。景太を怖がらせるつもりは全くないんだけど」
「………」
「ねえ、キスしたい。景太の体温をもっと感じたいな」
「…嫌だ」
「……え?」
俺は佐瀬の手を振り払った。佐瀬が泣きそうな目をしているのが見えて、俺は目をそらした。
「翔也とはキスしたくない」
「な…なんで?俺のこと、嫌いになったの?陸上部、やめたから?ツバキくんのが良くなった?」
「もうよくわからない。色んなことがありすぎて。俺が好きになった翔也と、今の翔也が上手く繋がらないんだ」
「ど、どうするの?」
「………」
翔也は縋るような表情で俺を見つめている。
俺…何やってるんだろう。気ままに能天気にやってきたのに、思い描いていた場所からずいぶん離れた場所に到着してしまった。
「一旦別れよう。翔也はきっと…熱中しすぎておかしくなってるんだよ。俺とは距離を置いて、頭を冷やして、陸上ももう一度始めてみようよ」
「わ…わか…れる……」
「今の翔也は、俺には荷が重い。支えられるようになりたかったけど、無理だった」
「そんなのやだ。支えようとしなくていいから、俺の彼氏でいてよ」
「翔也は…俺の気持ちが全然わからないんだね」
「え…?」
「好きだと思ってるのに、信じてくれない。やりたくないことさせてるのに、まだ足りないって言う。支えようとしなくていいなんて、簡単に言わないでよ。俺が今までどれだけ努力したと思ってるの?」
「景太…」
佐瀬はしょんぼりした様子で、床に腰を下ろした。
「ツバキのスマホ返して。家に様子見に行って拘束を解いて、ついでに渡してくるから」
「………」
佐瀬は無言で俺にスマホを渡した。
ああ…ついに爆発しちゃったな。この家に入った時点では、別れようなんて全く思ってなかったのに。
でもきっとこれが正しい。佐瀬は一旦、気持ちを落ち着けて常識を取り戻すべきだ。
そして俺も…椿原の告白について、解決する時間がほしい。
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