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佐瀬の気持ち
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「えっと……勉強してたの?」
なんと切り出したらいいかわからずにとりあえず尋ねると、佐瀬はこくりと頷いた。どうもさっきよりテンションが低いようだ。
「さっき蜂谷に…」
「川名くん」
「へっ?」
久々に名字で呼ばれて驚いた。さっきまでは景太って言ってたはずなのに。
「やっぱり別れるのやめようって話をしにきたの?」
「あ、いや……翔也に聞きたいことがあって。陸上、どうしてやめたのか教えてよ。蜂谷には理由を言ったんでしょ?」
「……川名くんには言いたくない」
「ねえ、なんで急に川名くんなの?」
どうにも気になって問いかけると、佐瀬は一呼吸置いて答えた。
「…態度を変えたら、景太が俺のこと気にしてくれるようになるかなと思って」
「気にしてるから会いに来たのに」
「……でも、結局景太はツバキくんのが優先なんだ」
「さっきの話、聞いてたの?」
「うん…」
佐瀬は俺を真っ直ぐに見つめた。
「絶対、俺の勘違いじゃない。景太はずっとツバキくんのことが好きだし、大事に思ってる」
「ツバキは……確かに大事だよ。でも俺は翔也のためにここに来たんだ」
「俺のことほっぽって由比くん連れてったくせに…」
「その方がゆっくり話できるじゃん」
完全に後付けだけど実際その通りだ。
由比を待たせた状態では落ち着かないだろう。
「景太は、まだ俺のこと好き?もう完全に……嫌いになっちゃった?」
佐瀬は泣くのを我慢してるみたいに、小さい声で尋ねた。
そんな様子がドクンと胸に刺さり、俺は思わず佐瀬の手を握っていた。
「好きだよ。だから、俺が知らないことがあるなら教えてよ。悩んでることがあるなら、全部言ってよ」
「………」
佐瀬は俺の手をギュッと握り返した。
「あの……俺さ…」
少し沈黙が続いた後、佐瀬は口を開いた。
「自分の性別、嫌いなんだ。αは容姿端麗で、何でも優秀にできて、カリスマ性があって……そんなの俺には当てはまらない。俺は何にもできない出来損ないだから」
「そ…んなこと、思ってたの?翔也は出来損ないなんかじゃ…」
「そんな俺でも、運動だけはできたんだ。風を切って走るのは楽しいし、跳躍したとき見える空も好きだった。大会で優勝すれば、その時だけはお母さんも……」
「お母さん?」
気になっていた佐瀬の家族の話が出てきた。しかし佐瀬は特に掘り下げることなく話を続ける。
「……だけど、もう楽しくないんだ。できないのは怖い。景太の気持ちを確かめ続けてないと、不安で仕方ない」
「翔也は、陸上ができなくなったの?」
興味がなくなったのかと思ってた。自分で言うのもなんだけど、俺に夢中だから陸上へのやる気がでなくなったのかと。
だけどきっと佐瀬は、ずっと陸上のことを考え続けていたんだろう。
「去年くらい、景太を……好きになってから、異変が生じてきた。少し疲れやすかったり、足が少し上がりにくかったり。気づかないふりして続けてたけど、ある日突然ガクッとだめになった。手足が自分のものじゃないみたいに、バランバランになっちゃうんだ」
「それは、翔也が大会サボった頃のこと?」
「…うん。あのまま出たら、景太にバレちゃうからサボった。景太が好きになった俺はもういないってこと」
「翔也はここにいるよ」
「……もういないんだよ。俺は何もできない嫉妬深いだけの人間なんだよ」
「何もできなくても、俺は翔也が好きだよ」
俺は佐瀬を抱きしめ、背中を撫でた。
「翔也も自分を嫌わないで」
「景太……」
佐瀬も俺の背中に手を回し、ぎゅっと抱きついた。
「景太、好きだよ。大好きだよ。いっぱい迷惑かけて、ごめんなさい」
「俺こそ…翔也の気持ち、全然気づかなくてごめん」
「ね、俺たち友達になろう」
「友達…?恋人じゃなくて?」
「恋人でもいいの?」
「………えっと」
「付き合う寸前の友達。景太があと一押しすれば、俺たちは簡単に恋人になる。でも景太がツバキくんと付き合いたいなら…俺は止めない」
佐瀬は体を離し、にこっと笑った。
「…あ、そうだ。蜂谷にちょっと嘘ついちゃったから、今度会ったら謝っといてくれない?」
「え?何それ?」
「俺、嬉しくて泣いちゃいそうだから…帰るね!」
「あ、ちょっと…」
佐瀬は荷物を全部置きっぱなしにして走っていってしまった。これじゃすぐ取りに戻ってくるはめになるだろう。
「馬鹿だ。本当に馬鹿だな…ふふ」
恋人寸前の友達になる……佐瀬は時間をくれたってことだろうか。俺と椿原の関係をはっきりさせるための時間。
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