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駅の近くのアイス屋に行き、佐瀬はチョコアイス、俺はバニラアイスを買った。よほど好きなのか、佐瀬は幸せそうに頬張っている。
「んんー、おいしいね!」
「どっかで座って食べようよ。あっちの方ベンチあるし」
「あー、待ってぇ」
広場の真ん中にあるベンチに並んで座った。イベントをやることもあるのか、目の前には小さなステージが設置されている。
「景太、あそこの上でなんか面白いことやってきて」
「しょうもないこと言ってんじゃないよ」
「辛辣〜。まだツバキくんのこと気にしてるの?」
「うん。だって、夏休みだよ?1人で家にこもって存分に怪しい研究ができちゃうじゃん」
「大丈夫、大丈夫。性転換する香水なんて、魔法みたいなもの99%作れっこない」
「残りの1%は?」
「作れるかもね。でも俺がツバキくんを止めてあげる」
「翔也が?」
佐瀬は笑顔で胸を張った。
「任せて!俺は頼りになるんだよ!」
「おお…ありがとう」
まあ実際今回はがっつり頼りにしてしまったし…なんか何も考えてなさそうな顔だけど、自信満々に言われると少し気持ちが落ち着いてくる。
「ところで、景太には話さないといけないことがあるんだ」
「どうしたの?」
佐瀬はアイスを食べる手を止めて、真剣な顔で俺を見つめた。
「来週の土日のどっちか、空いてる?」
「え、うん…土曜なら空いてるけど。日曜はお盆の墓参り行くから」
「じゃあ来週の土曜、海へ行こう」
「……え?その話?!なんでそんなに改まって言うのさ」
「俺がすっとぼけることで、景太に元気になってほしかったから」
「お、おおー…どうした翔也!前よりほんのちょっと人に気遣いできるようになってないか?」
「えへへ。惚れていいんだよ」
佐瀬はアイスを口の周りにいっぱいつけたまま嬉しそうに笑った。
「アイスついてるよ」
「え、どこ?」
指摘すると佐瀬はペタペタ触り、順調にアイスを広げていく。
「ああもう…子どもかよ」
アイスを買ったときにもらった紙ナプキンで、口の周りをぬぐってやった。
「………」
「…翔也?どうした?」
佐瀬は唐突に黙りこみ、ぼーっと俺の顔を眺めている。
「あ…ううん。子どもの頃、お母さんがよく口元拭いてくれてたこと、思い出しただけ」
「優しいお母さんなんだね」
「…よくわかんない」
暑さでアイスがじわじわ溶けていく。少しぬるくなったバニラはより甘く感じて、冷たい部分と一緒に食べると極上の味だ。
「お母さんは…俺に期待してたんだ。αなんだから、色んな才能をめきめき発揮してくれるんじゃないかって。そしたら…迎えにきてくれると思ってたから」
「うん…?」
「でも実際、俺は運動しか上手くできなかった。しかもそれも、もうだめで」
「翔也?大丈夫?」
なんだか急にネガティブになってきたので、心配して声をかけると、佐瀬はアイスを一口食べて笑顔を取り戻した。
「大丈夫だよ!ツバキくんの作ろうとしてるもののこと考えててさ。もし俺がαじゃなかったら、もっと楽しく生きられたかなって思った」
「Ωになりたいの?」
「それもいいね。だって、景太の子どもを産めるようになるんでしょ?ツバキくんが羨ましいなぁ」
「うん…」
「あ、でも、番がいるから産めないのかな」
「し…知ってたの?」
「前由比くんと話してたじゃん。ばっちり盗み聞きしてたから」
佐瀬何の屈託もない様子でそう言った。
「じゃあ、今日のことも、本当は色々察してたの?」
「え?さあ…興味ないんだってば。俺は今、景太の気持ちを想像することで頭の容量がいっぱいなんだよ」
「俺の気持ち?」
「景太に、気持ちを全然わかってないって言われて、反省したんだ。俺たしかにあんまりそういうの考えてなかったから」
「翔也…」
「大丈夫だよ。ツバキくんは景太のことが好きなんだから、景太が本気で悲しむようなことはできないよ」
「…翔也がそんなこと言うようになるなんて思わなかった」
思わずそう漏らすと、佐瀬は嬉しそうに笑った。
「蜂谷に教えてもらったんだ。今までのこと謝って、仲直りした記念に」
「何を教えてもらったの?」
「好きな人には、幸せにしてもらうんじゃなくて、幸せにしてあげなきゃだめだよって」
「蜂谷が……?」
「そうすれば、自分も一緒に幸せになれるんだって」
「そっか…」
蜂谷がそんなことを言うやつだとは全く思ってなかった。よほどものすごい仲直りをしたんだろうか…?
「でもさ、それって本当に合ってると思う?もし景太が、ツバキくんと付き合う方が幸せだって言ったら、俺は身を引けば幸せになれるの?」
「ツバキは、自分と付き合ってると俺が不幸になると思って身を引いたけど、現状幸せそうには見えないよ」
「………」
「蜂谷の言ってることは間違ってないけど、他人を幸せにするために自分を犠牲にするのはだめなんだよ」
「なるほど…できる範囲でやろうってことね」
佐瀬は目を見開き、うんうん頷いている。
本当に素直だな…。
「…あ、それでさ、海行く日のことだけど」
「うん?」
「当日朝9時に迎えに行くね。景太は水着用意しておうちで待ってて」
「いいけど、電車で行くなら駅で待ち合わせようか?」
「やだ!迎えに行きたい」
「はいはいわかった」
「えへへ。楽しみだね。あ、ゴミ捨ててきてあげる」
佐瀬は俺の手からアイスのカップを奪い、ゴミ箱の方へすたすたと歩いていった。
その後ろ姿を見ながら、俺は内心怖くなっていた。
佐瀬のことは好きだし、椿原とも離れたくない。だから両方とも仲良くいられるこの距離感に、居心地の良さを感じていた。
だけどこれは…長く続けちゃいけない。
「お待たせー。あのさ景太、スマホ貸して」
「うん?いいよ」
帰ってきた佐瀬に言われるがまま、スマホを渡した。
佐瀬は目の前で暗証番号を入れ、ロックを解除した。
「え…番号知ってるの?」
「うん!後で変えときなよ」
「う、うーん…?」
あっけらかんとしている佐瀬に戸惑っているうちに、佐瀬は何か操作し終えてスマホを返した。
「ストーカーウェア、消しといたから」
「えっ?あ、ありがとう」
「蜂谷が、ストーカーウェアは使っちゃだめって言ってたんだ。でも、別れてからは見てなかったし、何なら今日まですっかり忘れてたんだよ」
「へー、蜂谷が…」
そういえば、蜂谷に『スマホを監視されてる』って話してしまっていた気がする。しかしさっきの発言といい、蜂谷はどうしてそんなに協力的になったんだろう。
「むしろ景太が消してなかったことにびっくり…もしかして、消し方わかんなかった?」
「ああ……うん。そんな感じ」
「ふーん。じゃあ今日は帰ろっか。アイスおいしかったね」
佐瀬はにこにこしながら立ち上がり、俺に手を差し伸べた。よく考えずにその手を掴むと、佐瀬は一層嬉しそうに手を引いて立ち上がらせた。
「駅までの間だけ、手を繋いで歩いていい?」
「うん…」
「よかった。ありがとう」
無邪気に喜ぶ佐瀬に、じりじりと罪悪感を感じる。早く答えを出さなくちゃいけない。佐瀬と関係を戻すのか、それとも……。
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