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社長さん
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授業中は時計の針がやけにゆっくり動くのに、遊んでいるとあっという間に時間が過ぎてしまう。
日焼け止めを塗られ、プールで遊び、日焼け止めを塗られ、ウォータースライダーで遊び、日焼け止めを塗られ、海を眺めながら日焼け止めを塗られているうちに、約束の時間は迫っていた。
「もう16時半かぁ…景太、日焼け止め塗っとく?」
どこからともなく日焼け止めクリームを取り出した佐瀬の手を、素早くつかんだ。
「もういい。俺の背中はべたべただ」
「そっかぁ…」
「そろそろ服着替えようよ。濡れた水着で行くわけにも行かないし」
「わかった。今日は楽しかったね!」
佐瀬はキラキラと瞳を輝かせてそう言った。
「うん。楽しかった」
このまま帰れば楽しい思い出で終わるのに。
更衣室へ入り、シャワーを浴びて、さあ着替えようとカバンを広げたところで、大変なことに気づいてしまった。
「うわ…やばい!」
「どうしたの?」
「パンツを忘れた!」
「パンツ?」
「水着はいてきたのに、替えのパンツ持ってくるの忘れちゃって…」
「ふふ。景太ノーパンかぁ」
「え、俺、ノーパンで翔也のお父さんと対面するの?ふざけたやつだと思われちゃうじゃん」
「大丈夫だよ、ズボン脱げって言われない限り」
「そうだけどさー、気持ちの問題だよ」
「そんなに構えなくても、景太にとっては関係ない他人なのに」
「関係なくないじゃん。翔也のお父さんでしょ?」
「え…?」
関係なくない……いや、関係ないか…?
とっさに言ったことを考え直していたら、佐瀬がふわっと笑って言った。
「景太は優しいね」
「そうか?」
「でも、お父さんじゃないよ。俺たちは社長さんに会いに行くだけだよ」
「社長さん…」
そういえば佐瀬は父親という言葉はあまり使っていなかった気がする。血が繋がってるなら父親だと単純に思っていたけど、不用意だっただろうか。
「どうしても気になるなら、俺のパンツ貸そうか?さっきまで履いてたやつだけど」
「いや、いい。全くもっていらない」
「あはは、そっかぁ」
佐瀬はにこにこ笑いながら着替えを終えた。俺も急いでパンツ以外を身につけ、約束のホテルへ向かった。
ホテルに到着すると、最上階の部屋へ案内された。ドキドキしながら部屋の中へ入ると、窓の外を眺めている長身の男性がいた。
男性は俺たちに気づき、ぱっと振り返った。
「やあ、こんにちは。俺の息子さん」
「あ……」
顔を見て、思わず声を漏らしてしまった。
佐瀬にそっくりだ。涼しげな目元や、常に笑っているような表情が特に似てる。
「あれ…俺、2人も作ったっけ?」
男性はきょとんとした様子で俺と佐瀬を見ている。
「あ…俺は付き添いです。翔也の、えっと……友達です」
「あそう」
俺の言葉を聞き、男性は俺から目をそらして佐瀬を見つめた。
「はじめまして。俺は君のDNA上の父親だよ。名前は吉岡っていうんだけど…まあなんでもいいか」
「………俺は、佐瀬翔也です」
佐瀬は先ほどまでとは打って変わって緊張した様子で頷いた。
「え、翔也?ああ……そう。あいつ、俺の名前つけたのか」
吉岡は少しうんざりしたようにため息をついた。
「お友達は?名前なんていうの?」
「川名です」
「へぇ…川名くん」
吉岡はにやりと笑って佐瀬を見た。
「川名くん、いい子そうだね。好みって遺伝するのかな。俺の一番好きな人によく似てる」
「えっ?」
佐瀬はびくっと震え、俺を隠すみたいに前に立った。
「ふふ。別に何もしないよ。ところで君は、どうして俺に会いに来たの?お金でも借りたいの?これくらいで足りる?」
吉岡はそう言って、厚みのある封筒を懐から取り出し、ベッドの上に放った。
「そういうわけじゃ…」
「じゃあ何?君を認知しなかった理由が知りたくなった?生き別れの父親と感動の対面がしたかった?」
「え…」
「ご期待に添えなくて申し訳ないけど、俺は君にあんまり興味がないんだ。用件があるなら早く言ってくれよ」
「………」
ぺらぺらとしゃべる吉岡に、佐瀬はたじろいでいる。今まで見たことがない佐瀬の姿を心配に思い、俺は佐瀬の手をそっと握った。
「……あなたはどうしてお母さんと結婚しなかったんですか?」
佐瀬は俺の手を握り返すと、小さな声でそう聞いた。
「結婚したいと思わなかったから」
吉岡は笑顔のままそう言い放った。
「俺はまだ大学生でさ、あいつはただのセフレだよ。どうして結婚しなくちゃいけないの?」
「…翔也、帰ろう」
佐瀬の手を引っ張ったが、佐瀬はその場から動かなかった。
「しかし君、俺にすごく似てるね」
吉岡は佐瀬に近づき、顔をじろじろと見つめた。
「俺の子どもより俺に似てるよ。いやぁびっくり」
「子どもがいるんですか?」
「ああ。まだ小さいけどね。まあだから、これはもらっといてよ。面倒なことになりたくないし」
吉岡はベッドから封筒を拾い、佐瀬に押しつけた。
「もうこれでおしまい?この部屋とってあげたから、泊まっていってもいいよ」
「吉岡さん!」
さっさと出て行こうとする吉岡を、思わず呼び止めた。
「川名くん、どうしたの?」
「翔也は足が速くて、すごく綺麗に高跳びをします」
「…うん?」
「ちょっと天然なところがあって、無神経な言動もするけど、いつだって一生懸命です。それに前向きで、どんな時も笑ってて、行動力があって…そんな翔也のこと、俺は好きです」
「へえ、そうなんだ」
「翔也は、吉岡さんのことが知りたくて、会いに来たんだと思います。俺は…吉岡さんにも、もっと翔也のことを知ってほしいです」
「ふうん…」
吉岡は立ち止まり、冷たい目で俺を見下ろした。
「俺は興味ない」
「は…?!」
はっきりと宣言されて絶句した。自分の子どもに対して、どうしてそんなにひどいことが言えるんだ?
「お母さんは、俺が優秀なαになれば、あなたが迎えに来てくれるって言ってました。俺が出来損ないだから、だめなんですか?」
佐瀬が淡々と尋ねると、吉岡は優しそうな笑みを浮かべた。
「そんなわけないじゃないか。出来損ないの子どもなんていないよ。親が子どもに願いを託すのは間違ってる」
「………」
「たとえ君が世界で一番優秀なαだとしても、俺は君らと家族にはならない。俺は君のお母さんを好きじゃないし、その子どもの君に興味はない。君は君のために努力すればいいんだよ」
何も言えない俺たちを置いて、吉岡は部屋の扉を開け、一瞬だけ振り返った。
「じゃあな、翔也」
パタンと音がして、扉が閉ざされた。
広い部屋の中で、佐瀬は押しつけられた封筒を見ながらぽつんとたたずんでいる。
「社長さん……変わった人だったな」
無言が続くのが怖くて、俺はとにかく佐瀬に話しかけた。
「究極に身勝手な人っていうか、自分が一番大事っていうか…」
「…景太」
佐瀬は封筒をぎゅっと握りしめた。
「景太、俺は…会ってみたかっただけなんだ」
「うん」
「会うだけ。それで何かしようってわけじゃない。ただどんな人なのか見てみたかっただけ」
「うん」
「でも本当は……何か期待しちゃってたのかな。俺の心の奥でずっと溜まってる何かを、ふわーっと解決してくれるんじゃないかなって。俺の心の中の乾いてる部分を、程よくしめらせてくれるんじゃないかなって。そんな都合のいいこと考えてたのかな」
「翔也は何も悪くないよ」
封筒を握りしめている佐瀬の手に、自分の手を重ねて包んだ。
「……俺、あの人に似てる?」
「えっ?顔は…似てたけど…」
「俺、自覚してるよ。俺は他の人よりちょっと思いやりが足りなくて、好きな人以外は必要ないって思ってる。あの人と同じだと思う?」
「そんなこと思わないよ」
「本当に?」
「本当だよ」
「そうかな…」
佐瀬の手から封筒が滑り落ちた。すると封筒の中から一万円札が飛び出し、床に散らばった。
「こんなの、いらないのに…」
床を見てそう呟いた佐瀬を、俺はとっさに抱きしめた。
「だめだよ、景太」
珍しく佐瀬が拒否するかのように体を引いたが、俺はより強く抱き寄せた。
「今度は翔也の好きなところ行こうよ。いっぱい楽しいことしよう」
「じゃあ俺、遊園地行きたいな。景太の好きなジェットコースター、一緒に乗りたい」
「俺じゃなくて、翔也の好きな場所に行こう」
佐瀬はしばらく無言で体重を預けていたが、やがて口を開いた。
「…運動場」
「え?」
「高跳びがしたい」
「…うん」
佐瀬はするりと腕を抜け、床に落ちたお金を拾い集めだした。
「景太、帰ろっか。変なことに付き合わせてごめんね」
そう言って俺を見上げた佐瀬は、目いっぱいに涙を溜めながらも、いつも通りの笑顔を作っていた。
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