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出会い
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夏休みの最終日、俺は椿原と待ち合わせて病院へ向かっていた。本当はもっと早くにしたかったけど、予約がいっぱいで難しかったのだ。
大きい病院のバース科というところで扱っているらしい。
「…あの後、佐瀬とは会った?」
あまり話さずに歩いていたが、病院が遠くに見えてきたあたりで、椿原がぽつりと聞いた。
「うん。夏休み中にもう一度デートしようって約束してたから。結局、お昼ご飯食べて、図書館で宿題したくらいだけど」
「へー、一緒に勉強を…」
「お馬鹿さんだと思ってたのに、なんか着実に勉強できるようになってきてて焦った」
「そうなの?あの佐瀬が?」
「そう。頑張ってる。大学行くことにしたんだって」
「へえ!あのふわふわした佐瀬が…」
「前みたいにものすごい能力を発揮できるわけじゃないけど、陸上を続けたいんだって」
「それは…すごいなぁ…」
「頑なに陸上はもうやりたくないって言ってたのにね。やっぱり社長さんと…」
「うん?」
「あ、ううん。なんでもない」
佐瀬の父親のことについて口を滑らしそうになった。口が軽めな俺でも、さすがに勝手に椿原に言っていいことじゃないだろうと思う。
「……それで、もう付き合ってるの?」
椿原はやけに明るい口調でそう聞いた。
「まだだよ。番の件が解決してから、直接告白するつもり」
「そっか…」
「ツバキは、何かやりたいこととかあるの?無事番を解消できたら」
「……あったよ。やりたかったこと」
「なんで過去形…?」
「けど、もういい」
「なんで…」
「あ、あれ、由比かな」
「えっ?」
不意に椿原が目をそらし、病院の方に目を向けた。たしかに由比らしき人が入口に立っている。
「ツバキ、合流しても大丈夫?気持ちの準備できた?」
「大丈夫だよ。川名がいるし」
「おうおう。存分に盾にしてくれ」
由比に近づき声をかけると、硬い表情で俺と椿原を見た。
「……ああ」
「ああって何だよ」
「………」
由比も椿原も全然しゃべらない。由比は色々と謝る気はないんだろうか…?
「とりあえず病院入ろう。もう時間だし」
俺がそう言うと、2人とも無言でうなずいて歩き出した。
「由比様と椿原様ですね。あなたは…?」
「あ、俺は付き添いです。保険証いります?」
受付で保険証を出すと、お姉さんが名前を確認し、不審そうに俺を見た。
「いりません。プライバシーの問題で、親族以外の付き添いの方はこの先へは入れませんが、よろしいですか?」
「え、そうなんですか?」
「すみません、俺こいつと2人きりになるのは無理なので、付き添いが必要なんです」
椿原が由比を指さしてはっきりとそう言ったが、お姉さんは首を振った。
「規則なので、できません。そのかわり常に看護師が付き添いますので」
「でも……」
椿原は心細そうに俺を振り返った。なんて融通が利かないんだと思いつつも、俺は椿原を安心させようと笑いかけた。
「大丈夫だよ、ツバキ。何かあったら大声で呼んでくれれば、俺走ってくから」
「うん……」
「では、おふたりはこちらへ。川名様はそちらで掛けてお待ちください」
奥の方へ連れられていく椿原と由比を見送り、受付の前のソファに座った。
時間かかりそうだし本でも持ってくればよかったなと思っていたら、すぐ隣に見知らぬ男性が座り、話しかけてきた。
「追い出されちゃったね」
「あ、はあ…?」
突然フレンドリーに話しかけられたため、知ってる人かと思ったけど、全く見覚えがない。椿原や佐瀬ほどではないが平均より少しきれいな顔立ちの、40歳くらいの男性だ。
「この病院、腕はいいけどそういうとこ厳しいんだよ」
「そうですか…」
警戒して少し横にずれると、男は同じだけ近づいてきた。
「あ、ごめんね!初対面で色々聞いちゃって。君、吉岡の隠し子のお友達だよね?」
「え……はい?」
「俺ね、君たちが来てたホテルのフロントで働いてるの。あの日もちょうど出勤してて、隠し子発言も聞こえててさぁ」
「ええ?!な、なんて偶然…」
「ほんとだよね!だから声かけちゃった。俺、八雲っていうんだ。君は?」
「川名です」
「へえ!そうだ川名くんね。吉岡が君のこと、タイプだとか言ってたな…」
八雲は俺の顔をじろじろ見て、なにやら不満足そうに首を傾げた。失礼な人だ。
「えーっと…八雲さんの会社って、社長のことみんな呼び捨てしてるんですか?」
「あはは、違うよ。吉岡と俺は高校のときからの同級生なんだ。あのホテルにはコネで入社しちゃった」
「なるほど…」
終始つかみどころのなかった吉岡に比べると、八雲はただのおしゃべりなおじさんって感じだ。なので少し気が緩み、踏み込んだ質問をしてみた。
「あの…吉岡さんってどんな人なんですか?翔也に対しては、ひどい父親って感じだったんですが…」
「あはは、ひどい父親ね!たしかに!」
初手から貶してしまったが、八雲は軽く笑い飛ばした。
「大学の頃の吉岡はさぁ、ひとことで言えばサークルクラッシャーだったな」
「サークルクラッシャー?」
「顔も頭もいいし、結構モテるんだよ。でも中身は承認欲求の塊で、なんというか…自分が愛されてる空間が好きなんだよね。たくさんの人と同時に付き合ってて、人間関係はどんどん泥沼へ…」
「うおお」
すごいなと思うと同時に、少し安心した。佐瀬は自分が父親に似てるんじゃないかと悩んでたけど、全然違うじゃないか。
「色々あって落ち着いたけどね。佐瀬ちゃんのことはまあ…どっちもどっちだし」
「佐瀬ちゃんって、翔也の母親の…?」
「うんうん。佐瀬ちゃんはあまたの浮気相手のうちの1人だったんだけどさ、そこから脱出しようとして……あー、君にする話じゃないか」
八雲は唐突に話を切り、口を挟む隙を与えずに聞いてきた。
「佐瀬ちゃんの子ども、どんな子なの?見た目は結構父親似だよね」
「え?えっと翔也は…天然ですね。あと運動神経がいいです」
「なんかアホそう」
「アホですよ」
俺が断言すると、八雲はけらけら笑った。
「今度翔也くんにも会ってみたいなぁ。向こうは俺のこと、どう思うかわかんないけど」
「うん?八雲さんを…?」
「あ、そうだ。記念にライン交換しようよ」
「何の記念…まあいいですけど…」
まさか連絡先交換にまで至るとは思わず、内心面倒に感じながら八雲のQRコードを読み取った。すると画面には満面の笑みで肉まんを頬張る八雲のアイコンと、予想外の名前が表示された。
「吉岡八雲…?」
「おっ受信した?スタンプ送ってみてよ」
「ま、待ってください。八雲さんって吉岡さんの……」
「夫でーす」
「えええ?!」
今日一大きな声が出た。
「吉岡は気にするなって言ってるんだけどさ、やっぱり夫的には気になるんだよね、隠し子って。だから君に声をかけたの」
八雲はスマホを見ながらにやっと笑った。
「吉岡さんは、翔也に興味ないって言ってましたけど…」
「それは嘘だね。吉岡は俺が止めたのに翔也くんに会いに行ったし、陸上の大会をこっそり見に行ったことだってある」
「え…?」
「俺が言ったんだ、認知しないでって。吉岡は俺の言うことを聞いてくれた」
スマホがポコンと音を立てた。八雲から泣いてるクマちゃんのスタンプが送られてきていた。
「番になっても結婚しても子どもを産んでも不安でさ。吉岡は本当は、翔也くんのお父さんになりたかったのかなって」
「…それで、俺の連絡先を知ってどうするんですか?」
「俺の個人的な希望なんだけど…吉岡と翔也くんにもっと仲良くなってほしくて」
「はい…?」
「吉岡は俺のために、翔也くんに冷たく当たったと思うんだ。でも俺は、これ以上仲を引き裂くようなことしたくなくて…」
「そんなの、八雲さんの勝手じゃないですか」
ばっさりと切り捨てるようなことを言ったけど、八雲は怒ることもなく微笑んだ。
「…そうだよね。でももし翔也くんが吉岡に会いたくなったら、俺に連絡してくれれば仲介するからさ」
「俺は、八雲さんの仲介はしませんからね」
「あはは、釘刺されちゃったな」
八雲は苦笑いしてスマホをカバンにしまった。
「ところで川名くんは、どうしてここに来たの?さっきの2人、妊娠でもした?」
「違いますよ。番を解消しに来たんです」
「へえ番を?珍しいね。この先大変だろうに…」
「え?何が大変なんですか?ていうか八雲さんって…」
「あ、俺はΩだよ。吉岡とは番でもあり夫でもあり社長と従業員でもある」
Ωなのか…。よく考えたら人口比率としてはかなり少ないはずなのに、結構出会うもんだなぁ。
妙に感心していると、八雲は頬に手を当てて呟いた。
「番を解消したΩは、二度と誰かと番になることができないって知ってる?」
「ああ…聞いたことあります。それってそんなに大変なんですか?」
「うなじに傷が残るんだ。だから番を解消した経歴っていうのは、わりとすぐバレる」
「はあ…」
「そういうΩを忌避する人は多い」
「……え?」
「一般的にαは独占欲が強いから、番になれない上に、以前他人のものだったっていう証が刻まれているのを嫌がる人は、結構いる。βやΩでも、めんどくさそうな相手だと思って嫌がる人が多い。あくまでも一般論だけどね」
「ツバキは何も悪くないのに…」
思わず言葉がこぼれた。椿原はただずっと、普通に生きてきただけだ。悪いのは由比なのに、椿原ばっかり嫌な思いをしている。
「Ωは色々と大変なんだよ。まあ俺は気に入ってるけどね」
「そうなんですか…?」
「だってそれも俺の一部だもん」
八雲は何の屈託もない笑顔を見せている。自分の性をそんな風に肯定する人、初めて見たかもしれない。
ぼーっと八雲を見ていると、病院のアナウンスが流れた。
『吉岡様。吉岡八雲様。受付までお越しください』
「あ、俺行かなくちゃ。色々会話してくれてありがと」
「はい…」
バタバタと荷物をまとめて八雲は立ち上がった。
「んじゃあね。翔也くんと仲良くね。何目線だよって感じだけど」
「ほんとそうですね」
「ひどっ!バイバイ!」
八雲が受付の方へ去っていくと、急に静かになった。吉岡のこと、佐瀬のこと、番の解消について……頭の中をぐるぐる回って支配してる。
番を解消できれば、椿原はハッピーに生きられると思ってた。でも現実は、そんなに単純ではないらしい。
友達想いで、頭が良くて、顔が整っていて、しっかり者。繊細なのに抱え込みがちで、自己陶酔入ってんじゃないのって言いたくなる。
そんな色んな要素が椿原の中には詰まってるのに、「番を解消したΩ」という一要素だけで判断されてしまうなんて。
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