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飛び降り
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夏休みが明けた新学期初日、俺は大変なことを思い出してしまった。
「ツバキー!ツバキツバキー!!」
始業式が終わって教室へ向かう途中、椿原にタックルして話しかけた。
「落ち着けよ。どうしたの?」
「文化祭!どうしよう!」
「何の話?」
「文化祭で出品する物だよ!椿香水はやめたから、別のやつを考えないといけない。たしか来週のミーティングで発表することになってて…」
「ああ、あれね。テキトーにやっといてよ」
椿原は関心なさそうに頷いた。
「ちょっとー!怒られるのは俺なんだよ!キャラ的に!」
「じゃあ川名になんでもしてもらえる券とか」
「俺の体がもたないって!」
「どうせそんなに売れないから大丈夫」
「ぐぬぬぬ…」
何も言えず唸っている俺を見て、椿原はにやにや笑っている。
「でもそんなの売り出したら佐瀬が買い占めちゃうね」
「うわあありそう…」
何でもしてあげる券なんかが佐瀬の元へ渡ったら、一体どんな要求をされるんだろう。それこそ俺がなりたかった性奴隷ってやつなんじゃないか?!
「川名、よだれたれてる」
「えへへ…そういや今日、授業終わったら翔也と会う予定なんだ」
「ああ…復縁ね」
「復縁というか…とりあえず、自分の気持ち全部伝えようと思って」
「全部って、何を話すつもり?俺との約束のことは言わないよね?」
「…やっぱり言っちゃだめ?椿香水の製造をやめさせるかわりに翔也と付き合うことになったって」
「正直なのはいいことだけど、言わんでいいこともあるからな」
「でも隠し事苦手で…」
「じゃあその約束、反故にしていいよ」
「え?」
「別に佐瀬と付き合わなくてもいい。椿香水は絶対作らないから。そうすれば、俺と約束したからじゃなくて、佐瀬と付き合いたいから付き合うってことになるでしょ?」
「な…なるほど?」
椿原はあっさりと解決策を示してしまった。さて付き合うぞと気合を入れてきたのに、急に強制力がなくなった。俺のやる気は行き場を失ってきょろきょろしている。
「今度は上手くいくといいね」
「あ、うん…」
椿原は俺の肩をぽんと叩き、先に教室へ入っていった。
今日は始業式なので学校は半日で終わる。佐瀬とハンバーガーでも食べに行けたらいいなと考えながら、俺は久しぶりに特進クラスまで赴いた。
中を覗くと生徒は数人だけ残っていて、佐瀬は由比と一緒に何かしゃべっていた。
「翔也!お待たせ」
「あ、景太。会えて嬉しいよ」
俺の顔を見て、佐瀬はふわーっとした笑顔を見せた。ちらっと由比に目を向けると、下を向いてもくもくと何かの資料を読んでいる。
「ゆいゆい、久しぶり」
わざとそう声をかけると、由比はむすっとしながら顔を上げた。
「…昨日会っただろ」
「あー、そうだったね!体は大丈夫?」
「俺は別に…」
「あれ?もしかして昨日2人で遊んだの?」
何も知らない佐瀬は無邪気に聞いてきた。
「昨日由比とツバキと一緒に病院行って、番を解消したんだ」
「お……お前、そういうこと勝手に言うなよ…」
由比は呆然とした様子で立ち上がった。
「翔也ならいいじゃん。由比がツバキの家で暴走した時、止めてもらったの忘れてる?」
「だからって川名が勝手に…」
「ストップストップ!」
佐瀬は両手を挙げてぴょんぴょん跳ねている。
「俺が暇になっちゃうからケンカしないで」
「何だその理由は」
「そんなことより、景太は俺に話があるって言ってたよね?そっち聞きたい」
「あ、うん……」
俺が歯切れ悪く答えていると、由比は荷物を片付けだした。
「俺、生徒会室行くから。お気になさらず」
「あ、いや、いいよ。帰りに翔也とハンバーガー屋行きたいなと思って、誘いに来たんだ。話もそこでする」
「ハンバーガー?俺、チキンフィレオとLサイズフライドポテトとシェイク!!」
「店員さんに言いな」
「やったー楽しみぃー」
ハンバーガーを食べるだけなのに、佐瀬はうきうきと鼻歌を歌い出した。相変わらずテンションが高くて結構なことだ。
対照的に由比はテキパキと荷物をまとめて椅子をしまった。
「そんじゃな、由比。色々あったけど、俺と由比は友達だからね!」
「友達になった覚えはない」
「またまたぁ」
いつも通りのうざがらみをしようとしたら、由比はふいっと顔を背けて小声で言った。
「……ありがとう」
「何?聞こえなーい」
「川名のアホって言ったんだ」
「こどもっぽいね君は〜」
「うざ…」
急いで教室から出ようとする由比の後ろ姿を眺めていると、突然扉が開いた。
「由比!!」
大声で名前を呼んだのは、夏休みを経て肌が少し焼けた蜂谷だった。
「蜂谷どうしたの?」
「あっ、翔也…に……川名…?」
蜂谷はなぜか俺を見て固まっている。不審に思って近づこうとしたが、蜂谷は全力で目を逸らして由比の手を引いた。
「由比!ちょっと来て!翔也と川名は来ないで!」
「え、おい…」
蜂谷と由比はだーっとどこかへ走っていった。
「何だったんだろうね、蜂谷」
「………」
「景太?どうかした?」
佐瀬に答える余裕もなく、俺は必死で考えていた。蜂谷は俺がいると都合が悪いことをしようとしている。なんだかわからないけど、つまり俺は蜂谷を止めたほうがいいということだ。
そして蜂谷が学校で何かしでかしそうな場所といえば……
「…旧校舎の美術室」
「えっ?」
「旧校舎の美術室まで、俺を連れて、蜂谷たちより先に着ける?」
「だっこしていいなら余裕だけど…」
「じゃあお願い」
「蜂谷は来ないでって言ってたよ?」
「す…素直だな〜。いいからとにかく、行って」
「でもハンバーガー」
「翔也!お願いだから!」
「むう……」
渋々ながらも、佐瀬は俺の体を持ち上げ、お姫様抱っこした。
「しっかりつかまっててね、景太」
「うん…って、ちょ、えっ?!」
佐瀬は教室の窓を開け、地面を見下ろした。
「待ってここ3階だよね?!」
「ここから行くのが一番速いから」
「いやいやいや死ぬから!死ななくても大怪我するから!待ってだめいやああ!」
佐瀬は窓の外に飛び出した。ああここで死ぬのか…と重力を恨めしく思っていたが、途中でガクンと落下が止まった。佐瀬は何と2階のベランダの手すりにつかまっていた。
「し、翔也…腕大丈夫?」
「運動ってやっぱり楽しいね」
「いかれてやがる」
佐瀬は再び手を離し、1階のベランダの手すりにつかまり無事地面に着地した。そして余韻に浸ることもなく旧校舎に向かって走り出した。
「翔也、言ってたよね?俺と付き合ってから、前みたいに体動かなくなったって」
風をビュンビュン感じながら、佐瀬に話しかけた。
「うん。きっとあの感覚は、二度と戻ってこないと思う」
「いや…君十分すごいよ。さっきの着地も、このスピードも」
「ううん。全然違う。でも楽しいね!」
「それは…よかったねぇ…」
正直こっちは楽しいどころじゃなく、怖くて泣くかと思ったんだけども。
その後も全力疾走を続けた佐瀬と旧校舎へ入り、休むことなく階段を駆け上がり、美術室の前へ到着した。
「はーい美術室だよ。蜂谷が来るまであと3分くらいかな」
少し息を切らせて、佐瀬はキラキラとした笑顔でそう言った。
「あ、ありがとう。でも二度と飛び降りるんじゃないよ」
「えへへ、それはちょっと…かっこつけちゃったかも」
「無茶苦茶だなぁ…」
佐瀬にはまだまだ言いたいことがあったが、とりあえず我慢して美術室の扉に手をかけた。
何もなければ別にいい。全くもって俺の早とちりで、蜂谷はただ由比に話があっただけならそれで別に…。
ガラッと扉を開けると、悪い予感が的中していたことがわかった。
「ツバキ……」
そこには縛られて床に転がっている椿原と、それをつまらなそうに見つめる山内がいた。
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