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勝利
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17時になり、本日の文化祭準備はお開きとなった。作らなければいけないものが少ないから、かなり余裕のあるスケジュールで進んでいる。
ちなみにフリマといっても、実際にお金を稼ぐわけではない。文化祭期間中にクラス展示において使える通貨が生徒会から発行されるので、それを使ってやりとりすることになる。そして一番多く通貨を稼いだクラスには賞品が贈呈される。去年はブラックジャックを開催していたクラスが1位をとったけど、しこたま怒られたため、賭け事は禁止となった。由比が見回りをしてるのはその影響もあるのかもしれない。
「おつかれ。作業進んだ?」
外から戻ってきた椿原は、そう声をかけてなぜか壁に張りついた。
「…何してんの?」
「外暑すぎるから、壁で体冷やしてる」
「おつかれ。アホみたいに見えるからやめときな」
「川名が言うならよっぽどアホなんだろうな」
椿原は壁からさっと離れてかばんを手に取った。
「わ、素早い」
「早く行こう」
「うん?どっか寄るの?」
「アイス」
「え…アイス?」
「始業式の日、色々あって結局食べ損なったから」
「なんだ、今日はアイス食べるだけ?」
「だけって何?他に何かある?」
「ツバキに告白されるのかと思った」
「あー……」
椿原はなんともいえない暗い表情になり、とぼとぼと教室を出た。慌てて荷物をまとめてついていくと、椿原は廊下を歩きながらぽつりと呟いた。
「佐瀬は…告白してほしいんだろうね」
「え、なんで?俺のこと好きなのに?」
「たぶん勝利宣言がしたいんだよ」
「は?」
勝利って何なのだ。
校庭に出ると、各クラスの応援団がよくわからない振り付けでばしばし動いているのが遠目に見える。
うちの学校は文化祭と体育祭を連日で行っており、クラス展示を担当する人、部活で出し物をする人、体育祭で応援団をやる人に分かれている。帰宅部かつ練習嫌いの俺はクラス展示一択だけども。
「どうして佐瀬が俺に時間をあげるなんて言い出したのか、ずっと考えてたんだ」
椿原は応援団の練習には一切目を向けず、話を続けた。
「それで、勝利宣言って?」
「佐瀬は、俺が川名に告白してちゃんとフラれた上で川名と付き合いたいんだと思う」
「うん…?」
「どう考えたって俺は邪魔者だよ。元カレで、今も仲良くて、しかもまだ川名のことが……。佐瀬としては、川名に浮気されないか気が気じゃないと思う。だからその可能性を潰すために、俺らの関係に終止符を打ちたいわけ」
「翔也がそんなこと、考えてるのかな」
「……さあ。俺の想像だから」
「その結果、俺とツバキが付き合うことになったらどうするの?」
「あのさぁ……どうしてそんな仮定をするの…?」
椿原は深くため息をついた。俺は何やら呆れさせてしまったらしい。
「川名は、相対評価をしないよね」
「相対評価って?」
「川名、佐瀬のこと好き?」
「好きだよ」
「じゃあ俺のことは?」
「好き」
「佐瀬と俺、どっちのほうが好き?」
「え…いや……どっちも?」
「そういうとこだぞ」
椿原は俺のすねを軽く蹴った。
「でも、違う種類の『好き』じゃん。ツバキはただの友達」
「……友達って何?」
「え?」
「川名は俺に付き合おうって言ったし、キスしようとしたし、困った時は絶対助けてくれる」
「…うん」
「例えば…もしも佐瀬と蜂谷がキスしてるのを見たとしても、川名は友達だなー仲良いなーなんて思うの?」
「……」
「もしも川名が佐瀬にキスされて、その後でただの友達だなんて言われたら、どんな気持ちになる…と……」
「ツバキ?」
椿原は突然言葉を飲み込み、深呼吸した。
「なんでもない、なんでもない」
「…ごめん」
癖みたいに友達友達って言っていたけど、椿原に言及されて初めて気づいた。
友達だって宣言するのは、俺が不誠実な振る舞いをしているのを無意識にごまかそうとしていたからかもしれない。
「そんなことより、アイスだよ。アイスのこと考えよう」
椿原はあまり掘ってほしくなさそうだけど、俺の思考回路は止まらずに結論を導き出そうとしている。
「翔也の気持ちも、ツバキの気持ちも蔑ろにしてたよね。友達だって言えば何でも許されるわけじゃないのに」
「もう…いいって」
ツバキは急に立ち止まり、お腹に手を当てた。
「どうしたツバキ?腹痛?」
「や…大変なことを…思い出した」
いつもと様子が違う。椿原は頬を紅潮させ、深呼吸を繰り返している。
「大変なこと?」
「教室に、忘れ物しちゃって」
「取りに行く?」
のんびり話しながら歩いていたから、俺たちはまだ校門の辺りにいた。戻れない距離じゃない。
「…無理かもしれない」
椿原は地面にしゃがみこみ、口を押さえている。
「え…大丈夫?具合悪い?」
「……悪い」
弱い力でズボンの裾を掴まれた。椿原の手は震えていて、何かを我慢してるみたいに目をぎゅっとつむっている。
「ど、どうしよう?とりあえず保健室に…」
「誰も来ないところへ連れてって」
「え、でもそれじゃ…」
「お願い。助けて」
「う、うん…」
誰も来ないところ……。
文化祭準備期間中、学校はまだまだ人が溢れている。普段部活をしている人や、さっさと帰宅する人だって、遅くまで活動中なのだ。そんな中、人が来ない場所とは…?
「…あ、プールは?水泳部も今は文化祭の準備してるかも」
椿原は無言でこくりと頷き、ふらふらしながら立ち上がった。
「危ないよ。俺につかまったら?」
「大…丈夫」
「ツバキ……」
様子のおかしい椿原を見守りながら、2人でプールへと向かった。
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