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王子様
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「白雪姫」の劇は、おとぎ話そのものを劇にしたのではなく、色々とアレンジが加えられていた。学校のあるあるネタが入ったり、先生の物真似が入ったり、実に高校生らしい。特進クラスの人達はイケメン・美女が多いから、見栄えが良いのも盛り上がる。
ただ1つだけ、気になることがある…。
「なあツバキ、白雪姫…姫じゃないよな?」
ぼーっと劇を眺めている椿原にこそっと話しかけた。
「ああ、男だな。女装でもなく、あれは男だな。白雪王子だな。よくあるアレンジじゃん。それがどうかした?」
「白雪姫って最後…王子のキスで目覚める話だよな…?」
「そうだね」
「つまり、翔也とあいつがキスするってこと?」
舞台上では、かなりガタイの良い男子が白雪姫を演じていた。…まあ、よくあるアレンジではあるけども…。
「さあ…キスするふりじゃない?知らんけど。ヤキモチやいてるの?」
「ヤキモチ…なのかな?俺もしも翔也があいつとキスしてるところ見せつけられたら、俺……興奮しておしっこちびっちゃうよ」
「黙れ変態」
「やーん辛辣」
だって佐瀬のキスは、なんというか…めちゃくちゃ気持ちよかったのだ。あれを客観視させられたら、相当に興奮するに違いない。
「…あ、死んだぞ、白雪姫」
椿原の言葉にはっとして舞台を見ると、白雪姫が毒林檎をかじり、地面に倒れたところだった。
「おおっ!ついに翔也の出番…」
「おや?こんなところに、美しい姫がいる」
声が後ろから聞こえ、驚いて振り向くと、教室の後ろの扉に佐瀬が立っていた。
佐瀬は客席の間を歩き、舞台に上ろうとしている……と思ったら、俺の席の前で急に立ち止まった。
「し、翔也…?」
「姫君、お目覚めですか?」
「俺ぇ…?」
佐瀬はさわやかな微笑みを浮かべて、俺の手を取り指に口付けた。
まるで本物の王子様みたいに、衣装がめちゃくちゃ似合ってる。いつもはなんとなくボサっとしているだけの髪型もきっちり整えられてて、大人っぽく見える。
「どう、景太?俺が一番かっこいいでしょ?」
佐瀬は俺にだけ聞こえる音量で囁いた。
「う、うん…でも今は劇が…」
「観に来てくれて嬉しいな。これがやりたくて台本直してもらったんだ」
「え…?」
「王子。王子ー!姫はこっちだよ!」
舞台上の7人の小人が、わいわいと佐瀬を呼んでいる。
「あれ?そっちなの?」
佐瀬は急に棒読みになり、ひらりと舞台に上がった。
「これが…白雪姫?」
佐瀬は腕を組み、仰向けに寝ている白雪姫を見下ろした。
「そうだよ!」
「雪のように白い肌、血のように赤い唇…」
「王子!早く白雪姫にキスをして!」
「嫌だね。こんなゴツい男だなんて聞いてない」
佐瀬はぷいっと横を向き、すたすた歩いて帰ろうとした。
「待てこら!誰がゴツい男じゃぁあ!」
すると白雪姫が突然起き上がり、佐瀬王子に詰め寄り何やらどたばたし始めた。
「なるほどね。姫を間違えるっていう台本にしたわけね」
こそっと話しかけると、椿原はふっと笑った。
「……勝てないな、佐瀬には」
「どういうこと?」
「俺には絶対できないよ。公衆の面前で口説くなんて。しかも劇の進行を妨げないように配慮済み」
「ああ…びっくりしたよ…」
椿原は少し笑いながら劇を眺めている。佐瀬は舞台から追い出され、白雪姫がゴリラになったところで幕を下ろした。パラパラと起きる拍手の中、椿原は深呼吸をして、口を開いた。
「俺、全く言うつもりなかったんだけどさ、さっきの佐瀬見てて気が変わった」
「…え?何の話?」
「好きだよ、川名」
「………」
ざわざわしていた周りの音が、急に遠くなっていって、椿原の言葉だけがはっきりと耳の奥へ届いた。
「小学生の頃から今日まで、俺はずっと川名が好きだ。川名がそばにいると、いつだって楽しかった。好きって言ってくれて嬉しかった」
「…うん」
「本当はこれからも、川名と一緒にいたい。付き合わないし、好きって言わない。2人の生活は邪魔しない。ずっと友達でいられればそれでいい。だから…許してくれないかな?」
椿原は俺からすっと目線を逸らし、上の方を見た。振り返るとそこには劇を終えた佐瀬が立っていた。
「この期に及んで本当にずるいね、ツバキくんは」
佐瀬は涼しい顔で椿原を見つめている。
「ツバキくんの言う友達って何?俺に怒られずに景太といちゃつくための呪文?」
「今まで通りでいたいんだ。川名が誰と付き合っても、誰と別れても、仲良く馬鹿な話ができるような関係で」
「…俺は、許せない」
佐瀬ははっきりとそう言った。
ふと気づくと、劇が終わって客席で話し込んでいる王子様に、周りの注目が集まっていた。
「あ、あのさ、一旦場所変えない?ここだとちょっと恥ずかしいから…」
慌てて2人に提案して、使われていない教室にでも行こうかと教室を出たところで、不審者氏に出くわしてしまった。
「あー、よかった!やっと会えた!午前中にもこの教室来たんだけど、そのときはいなかったからさ」
八雲は無邪気に手を振って近づいてきた。どうやら教室の外で待っていたらしい。
「八雲さん…帰って下さい」
「用が済んだら帰るよ」
袖をつんつんと引っ張られ、横を見ると椿原が心配そうな顔をしていた。
「これ、さっきの人だよね?川名、ストーカーでもされてるの?」
「いや…ターゲットは俺じゃなくて…」
「翔也くん、はじめまして」
俺が止める間もなく、八雲は佐瀬の正面に立ち嬉しそうに笑いかけながらそう言った。
「え…はあ…誰…?」
佐瀬は怪訝そうに首を傾げ、差し出された手を無視した。
「翔也!この人、ちょっと危ない人だから…」
「ひどいなぁ。翔也くん、俺は吉岡八雲。君の本当のお父さんだよ」
「ふーん…」
八雲の本当なのか怪しい暴露にどう答えるのかと思ったら、佐瀬は興味がなさそうに頷くだけだった。
「あれ、反応薄いね?疑ってるの?」
「父親がどうこうっていうイベントはもう終わってるから」
「……え?」
不気味なほどにこにこしていた八雲が初めて表情を崩した。
「夏休みにあの人に会いに行ったのは、景太との距離を縮めるのが目的だから、それを達成した今となっては、誰の精子を使って生まれてきたかなんて、俺には関係ないし」
「えっそれが目的?」
あんまり会話をせずに逃げようと思ってたのに、びっくりしてつい口を挟んでしまった。
「そうだよ。景太と上手くいかなかったのは、景太が想像してる俺と実際の俺に開きがあるからだと思ったから。だから、その2つを近づけようと思ったんだ。それに俺のウィークポイントを見せれば、景太は俺を見捨てづらくなるでしょ?」
「い、色々考えすぎでは…」
「とにかく、俺の内面を景太に知ってもらう、景太の想像上の天真爛漫な俺に近づく、ツバキくんに優しくする、この3つが景太と付き合うために頑張ってきたことで、あの人に会うのはその一環ってだけ」
佐瀬は冷めた視線を八雲へ向けた。
「なんか用があるならお母さんに言ってよ」
全然盛り上がらない佐瀬に対し、八雲はあっけにとられたように口をぱくぱくさせていた。
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