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幸運体質
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※良太郎視点
考えてみれば、もしかしたら僕は、とても運が良かったのかもしれない。世界というものは大層広くて、大きいもので、それはそれは到底僕の腕の中に収まりきるはずのないものだ。けれど、それでも僕はまだモモタロスたちと一緒に居る。共に存在することができている。
人生の中で一等大切な存在に出会って、失われる未来がある存在の掌を掴むことができた。そもそも、掴む権利が与えられた時点で、僕の幸運は今までの不運をとうに追い越してしまっていたのだと思う。こんな人間ひとりに世界が任されてしまうなんて、いっそ世界がとても小さいものなのではないかと、そう思ってしまう。
「だから半端な気持ちで戦うなって思ったんだよ、あの時は」
「そっか、うん…でも、そうだね、とても半端だったと思う…」
侑斗はミルクディッパーの望遠鏡に目をやりながらそう僕に言った。だから僕は、僕もそう思うと返した。あの時は時間について何も知らなくて、兎に角倒せと言われたものを倒していた。言い成りになっていた。
「けれどお前はあの後、自分の望むもののために努力した」
「侑斗には敵わないよ…」
「違う、いや、俺も…言ってしまったら、未来の“桜井侑斗”に命じられるまま動いてた…その点お前は自分で考えて、望むものを確かに持って…」
「…変なの、今日の侑斗」
不思議なまでに力を込めて僕について語る侑斗を少しだけ面白く思ってしまって、僕は微笑んだ。
すると彼はいつものように眉間にしわを寄せ、ふて腐れたような顔をする。唐突に今日彼は僕の元に来た。姉さんはいないよ、と言ってもいつもの席に座り、僕を呼んだ。やっぱりコーヒーに山盛り五杯の砂糖を入れて、少し気持ちの悪い顔をしていた。いつも通りなのに、彼はいつもと違う。
「…何か、用があるの」
「…ある、」
「大切なこと?」
「とても」
僕は侑斗の不味くなったコーヒーに少し注ぎ足し、牛乳を加えた。彼は少しそれを啜り、眉間のしわを消して穏やかな顔つきになる。それから今一度受け皿にそれを置き直すと、机の上に手を組んだ。彼は一人で困ったような顔と苛立つ顔をし、もしやデネブが出てきているのではと思ったが、そうではないようだった。
「…アイツらと切れるか、今」
「え、うん…わかった、」
少しばかりだが、僕にも彼らとの繋がりが見えるようになった。目を瞑り、集中してその繋がりを操作する。
「…切ったよ、でも、それってさ、時の運行とかの話じゃないんだね?」
「…ああ…」
侑斗はまた手の指を組み直す。僕は少し肩をすくめてみせた。彼は口を結び、少しばかりうつむく。
「…あ、の…」
彼から発せられた声は確かに震えていた。けれども泣いている時とは違う、僕は知らない声の質だった。
「お前が、好きだって言ったら、どうする」
「…どうするって……」
顔の熱さは遅れてやって来た。思考が追いつかない。正直そんなことを言われたのは人生で初めてであって、僕はそんな気持ちになったこともない。けれど、僕から出た声はあの侑斗の声と重なった。多分、この苦しさと浅くなる呼吸で声が震えるんだろう、そう忙しない思考の片隅で考えた。
「どう、するんだろう…僕……」
「お、お前のことだろ」
「や、あの…そんなことさ、言われたことなくて……」
「オイ、あの亀野郎に聞くのはやめろよ、お前に聞いてるんだから」
こういうことに疎いからと一瞬過ぎった思考を読まれ、思わず笑ってしまう。けれども耳も、目の縁も頭も、まだぐわぐわと熱い。熱に浮かされ始めた視界に侑斗を捉えると、彼も耳を真赤に染めていた。それがどことなく、愛おしげに思えた。
「…だったら、多分、僕も、って言うかな……」
「なんでそんな不安定な答えなんだよ、」
「だってね、僕…今侑斗が可愛いなって思ったから……」
「なっ……可愛い…?」
「ふふ、うん」
頭を掻く侑斗に桜井さんの姿が少し重なった。
悲しいな、消えた桜井さんの恋人は姉さんなのにな。この侑斗はどうやら僕に好意を抱いているらしいや。彼は先程まで僕の肩を掴んでいた掌を離し、それから一秒躊躇って、そうしてぎゅうと僕を抱きしめた。それが嬉しかったから、多分僕の感情は間違ってない。彼の安堵の溜息が耳にかかった。少しだけ擽ったく、身を捩るとテーブルに腰が当たってしまった。
「あたっ、アッ、あつっ!」
「ばっ、なんでお前は、そんななんだよ…!」
侑斗のコーヒーをすっかり被ってしまった僕を、彼は急いで取り出したハンケチで一生懸命に拭く。僕はただ、あははと笑うことしかできず、焦る侑斗の栗毛の頭を抱きしめた。彼はまた動きを止め、僕のしたいようにさせてくれる。
「…ね、侑斗」
「…なんだよ」
「あのね、僕さ、ほんとにこの幸運って、僕の不運体質で拭えるのかなあ…」
「もう充分だろ、その体質は!」
違うんだ、違うんだよ。僕は笑いながら、心の中でひたすら彼の言葉を否定し続けた。
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